西周物語ー鴻飛の人

ー青雲篇ー  

一、青天の霹靂

  二、聖人への道

  三、十七年の大夢  

四、朱子学から徂徠学へ

五、国家の用材

六、天に日無き

七、主命と信念

★創作集目次 

 この歴史小説は「哲学」という翻訳語を考案し、日本近代哲学の父と言われている西周(にしあまね)の青年時代の物語である。彼はイギリス功利主義を紹介した。幕末には徳川慶喜のブレーンとして『議題草案』を書き、維新後は山縣有朋のブレーンとして『軍人勅諭草案』を書いている。

 彼は外科医の息子で家業を継ぐことを生まれた時から定められていた。祖父のしつけで幼い時から儒学を教え込まれ、天才的な素質を発揮していたが、家業を継ぐものと思っていたので、十七歳位からは専ら外科医の修行に打ち込むようになっていた。ところがペリーの来航で激動の時代を迎えたので津和野藩では、儒学を身につけた藩政を担う英才が求められるようになり、津和野で随一の秀才とみられていた壽専こと若き日の西周に朱子学の修行をするように藩主の命令が下ったのである。周囲では壽専は喜んで藩主の命令に従うと思っていたが、当人は自分は外科医を継ぐのだと言い張ってなかなか従おうとしなかったのである。