二、ネジ・釘人間と人格存在

  やすい-もちろん私も日常語の使用においては身体的諸個人を人間と考えています。そしてそれ以外の物を非人間的存在と考えています。この本や机は人間ではなく、物だということです。しかし本や机、衣服や機械・道具などいわゆる社会的事物は、人間的世界を構成していることによって、それぞれ本や机、衣服や機械・道具であるわけでしょう。

河口-ええ、人間的世界を構成している事物ですね。人間ではなく。つまり人間的世界は身体的諸個人である人間と人間が作り出した社会的事物から構成されているわけです。ところがやすいさんは人間でない社会的事物まで人間だとされて、人間と事物を混同されるわけです。人間と事物の混同は、人間を事物に貶める混同であって、現代ヒューマニズムが最も反発する考え方なんです。

やすい-現代ヒューマニズムをトータルに超克する人間観の構築が、ですから私の課題なんです。人間を社会的事物のように扱ったり、社会的事物を人間として捉えたりすることが、何か人間性の冒涜のように考えるのは、人権を擁護し、人間の尊厳を守る上で大切な視点ですが、全面的には正しくないんです。人間は社会的事物としての有効性を示すことで市民社会の成員としての資格が与えられるのですし、またそれは社会的事物としてその自己の内容を示す必要があるわけですから。

河口-我々が物化・物件化を批判するのは、人間が機械のネジ・釘のごとく扱われたり、労働力商品として売買され、さんざん搾り取られた挙げ句、何十年も会社のために自分を百パーセント会社人間化して身も心を捧げ尽くしてきたのに、中堅社員まで解雇されてしまうからです。まるで消耗品や旧式機械みたいに使い古され、ぼろ屑の如く捨てられてしまうわけです。

やすい-機械を操作している個人が機械のネジ・釘の如く扱われるのはある意味では当然です。ネジ・釘がしっかりしていなければ機械は壊れてしまいます。ネジ・釘を大切にするように身体的個人も大切にするべきなのです。

河口-その論法は揚げ足取りです。ネジ・釘は機械のネジ・釘としてのみ大切にされるのです。ところが人間は単なるネジ・釘には還元できないんです。意識主体であり、人格として存在しています。人格としての尊厳が物扱いにされることで失われてしまうのです。

やすい-労働力は、労働力の再生産を前提にしています。そしてそれは家庭における消費生活や労働力の類的再生産つまり育児と結びついています。ですから労働条件はそれらがきちんと配慮されなければならないわけです。そういうことをきちんと配慮するということは、労働力という事物の特性に配慮するということでしょう。

河口-そのように資本は、労働力をとりかえの効く一つの小型自動機械のように扱うわけで、人格として尊重することがないのです。もちろん労働者の気概を引き出す為や、忠誠心を持たす為に様々な心配りをする場合もありますが、それは労働力の物としての有用性を最大限に引き出す為に過ぎません。だからこそ我々は人間が人間として尊重される為には新しい自由人の共同体にしなければならないと考えていたのではないのですか。

やすい-河口さんは、労働者は物としての労働力である以前に、人格的存在としての人間だ、この人格的存在としての人間が主体的に社会を構成すべきだと言いたいのでしょう。

河口-将来社会の展望はさておいて、我々は事物としての取扱に抵抗して、人格存在としての人間性を守りたいわけです。現代は事物として取り扱われる時代だから、人格としての人間性を主張しても仕方がないということですか。

やすい-いや決してそうではありません。私の主張は、社会的な諸個人も社会的諸事物のひとつであるということです。ですから人格も諸個人が社会的諸事物として機能する場面では、事物的に関係せざるを得ないということです。こういいますと人間を意志も情感もない石のごとき存在と捉えているように思われるかもしれませんが、それは事物を近代力学モデルにつられて、物体というのっぺらぼうな存在と見なしているからです。事物には様々な自然的事物、社会的事物があるわけでして、その中に生きて生活する現実的諸個人という人格存在も含まれているのです。ですから人格的存在が人格として尊重され、扱われるべきことは当然で、経済的関係においても、乱暴に踏みにじられることが多いとはいえ、様々な人格的諸権利は既に認められているわけです。

河口-それならいいのですが、やすいさんは人格も事物である人間の属性だとして、両者を混同されるので、物として扱われて当然だという主張に聞こえるのです。人格的存在は他の事物とは端的に区別され、尊重されるべきだという立場に立たれれば、人格を物扱いするなという場合の物は、非人格的存在としての物であると了解される筈でしょう。そうすれば人間だって事物に違いないなんて議論はできないでしょう。

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