やすいゆたかの短歌集 七〇一〜八〇〇

 

「ヤマトタケルの大冒険」

七〇一 父ならば死ねと言うなら死にもしよ言葉飾りて心隠すな

七〇二 スサノオと剣とタケルは異なれりそを一つとはいかな回路や

七〇三 燃え盛る火中に立ちて我呼びし、その幸せに何を惜しむや

七〇四 汝ははやタイタンの妃や水底に棲めるなまずの餌食ならずや

七〇五 裳の裾に月立つとせば雅なり穢れの色に心ときめく

七〇六 剣持ち震え上がらせたはむけるやがて剣に身を滅ぼせり

七〇七 幾重にも山脈囲める大和なる吾がふるさとは国のまほろば

七〇八 白鳥はいずこ目指すや天翔りいとしき女は他人の妻かは

本居宣長の青春

七〇九 法輪寺秘仏観たさに並んだが、見るものを呑む化け物ならずや

七一〇 宣長は儒学だけでは収まらず面白ければ神も仏も

七一一 学問も吾が愉しみの具なるのみ花鳥風月それに同じか

七一二 鴨川の土手の夕日に稟と立つ京の女を永久に忘れじ

七一三 山なれば山のこころがありたるや、その心知るもののあはれよ

 

ツァラトストラの人間論

七一四 大いなる命の知恵を与えんと山降り行くツァラトストラ

七一五 人間を克服すべく何をした大地の意義に忠実であれ

七一六 平日に殺めしイエス日曜に甦りしか懺悔聴くため

七一七 天上の神は殺めりその代わり物を積み上げそを神とせり

七一八 人間のてっぺん挑み没落すさこそ望めり一度のいのちぞ

七一九 めくるめく奈落の上の一条の綱渡り行く没落願ひ

七二〇 迫り来てヒラリ頭上を飛び越され堕ちいく先は地獄にあらずや

七二一 闇の中五彩を纏て囁けり吾生きて跳び汝死して落つ

 

青年マルクスの人間観をめぐって1―疎外された労働

七二二  戦後なる時代は熟れしわだつみの像もろともに砕けちりしや

七二三  労働と思考のいずれ根にありし鶏卵いずれ先立つ

七二四  労働が諸関係へと移りたる本質論の切断ありや

七二五  作られし生産物が疎ましく作りし人を苛みしかな

七二六  強いられし労働ならば作り出す物は吾が身に帰らぬものを

七二七  身体の器官としてはつながらぬされど吾が身よ拠りて立つ故

七二八  労働は糧得るための犠牲かは、己が力の発現ならずや

七二九  お互いを目的として結ばれしコミュニティにも疎外はありしか

七三〇  疎外生むその根源が私有なら私有の起源は如何に説きしや

 

青年マルクスの人間観をめぐって2―『フォイエルバッハ・テーゼ』
七三一 遅れたる意識変えなば新しき世は来たれるかゲルマンの地に

七三二 眼に入る桜もビルも客体か吾が行ひの姿ならずや

七三三 物質の底に実践置きたらば唯物論は崩れ落つるや

七三四 実践を事物と思い込みしなら事物も人の姿ならすや

七三五 物質を土台に置きし人ならばそのなお底に実践認むや

七三六 巨大なる類的能力疎外して神たてたるや絆なきゆえ

七三七 個々人の内にはあらめ本質は、人と結べる関わりにこそあれ

七三八 人なるは身にあらざりて行ひや、関わりとして事ぞ連ねる

七三九 音たてて崩れ行きしは何なるや吾が囚われし迷妄ならずや

七四〇 様々に論じるだけでは暇つぶし、いざ起ちて言えウナロード(人民の中へ)と  

 

幾多郎と琴の愛対話篇

七四一 琴さんに逢ひたき想ひ切なくて夢の中にぞ愛対話篇

七四二 着古した丹前姿眼にうかべ学徒の胸の想い苦しも

七四三 湧き出ずる思想のあまりに難ければそを噛み砕くさらに難しや

七四四 津田塾のスター教授を捨ててまで幾多郎がため尽くしまほしや

七四五 何もかも捨て去りて吾無一物ただ自由意志命ずるままに

七四六 好きだけで仕事にすまじ哲学は狂気にも似た才なきならば

七四七 経済が全ての意志を規定せば人格自由は認め難しや

七四八 その刹那絶対の無に触れし折時は消えたり罪に死せりや

七四九 もしかして吾が身が辞書であるならば使われまほしやボロになるまで

七五〇 幾多郎は饅頭好きのそのあまり客の分まで知らず食いたり

七五一 石つぶて君投げるまじ罪人にやましきところ無きは無きゆえ

 

亡き母を悼みてつくりし歌4首

七五二 母逝きし知らせに兄の戸を叩く風の冷たさ身を切るごとくに
七五三 助けてと吾に頼める母死せり苦しみ消えし面美しく
七五四 母病みし羽曳野尋ね一人行く小学四年の吾の哀しみ
七五五 たれよりも母に甘えし吾ならば八十九歳の母の可愛き

 

対談 梅原文学の世界

七五六  人麿がヤマトタケルを書きたるや持統の闇に迫りたりしか

七五七  単身で熊襲に乗り込み首を取るこの勇者こそタケル名のれや

七五八  大和より蝦夷の国は大なるを二人で取れとは死ねとかわらじ

七五九  大八嶋 その霊として取り出せる 剣の御名は 天叢雲

七六〇  燃ゆる火の火中に立ちて吾を呼ぶ君の言葉に命ささげむ

七六一  弟姫の袖は乾かじ水底のタイタンの宮やすらけくやは

七六二  君待ちしその苦しみをたれそ知る吾が裳の裾に月立ちにけり

七六三 何ゆえに神なる剣置きたるや嬢子の床の辺名残惜しさに
七六四 
まほろばの大和の国に帰らなむ、雲居起ち来る吾が家の方へ

七六五 白鳥はさらに天翔け夢追ひぬ後追う媛に想いつなぎて

 

喪中の新年に

七六六  友亡くし母亡くしたる新年に想い新たに生きむとぞ希ふ
七六七  カワイイの言葉世界を包みたり肩肘張らずに自分らしさを


第一話 鉄腕アトムは人間か

七六八 ロボットと共に語らむ生きること在ることの意味そして不思議を

第二話 ギルガメシュの人間論

七六九 フンババを殺して文明築きたるギルガメシュは吾が身ならずや

第三話 エデンの園の人間観

七七〇 罪に堕ち楽園追われ勤労の汗の中にぞ命に還れり

第四話 オイディプスの闇

七七一 真実を見えぬ眼を抉り出し見据えし闇は神も侵せじ

第五話 プロタゴラスの人間論

七七二 戒めの徳を蔑する無頼者刑するポリス含みてぞ人

 

ラボール学園・哲学講座での講義レジメ

『評伝 梅原 猛−哀しみのパトス』について

第一回()吾が身にのこる母の哀しみ

七七三  何万遍仏に祈れどかなわじや父母は討たれて地獄さ迷ふ

七七四  放蕩の恋にはあらじ吾が命ささげまほしや証守りて

七七五  ひたむきに吾慈しむ養母(はは)ありき吾生みし生母(はは)は面影もなし

七七六  底深く沈められにし母ならばそれとは知れず吾動かしぬ

七七七  母の死を吾は生きたり、吾の死を母は生くるや命めぐりて

七七八  哀しみを残して逝きし人ありきその哀しみを共に哀しめ

七七九  幼子を遺して逝きぬその前に溢るる想い絵にみなぎりぬ

 

第二回 ()怨霊が歴史を動かす 

七八〇  吾が胸の底に埋もれる哀しみの声聴こゆるや御寺に立ちて

七八一  御仏の慈悲の光の和の御国建てまほしきに剣とるまじきを

七八二  誣告にて討ちし長屋の祟りならなどて祀るや太子の御霊を

七八三  人麿の今際の想い伝ふるや五首一組の万葉挽歌は

七八四  皇子たちに付きまとふるや黒き影持統の闇に寄り添ふごとくに

七八五  人麿のヤマトタケルの継母は、継子の命狙いたりしや

七八六  人麿は平城の御門と身をあわせもののあはれを共に語るや

七八七  怨霊を恐れ敬ふ習わしに大和の人の和の精神(こころ)あり

 

第三回()大いなる生命の循環と共生

七八八  人麿が人麿歌集に集めたる歌は語るや和歌の生成

七八九  天照らし国照らす神何時のこと女神となりて微笑にしや

七九〇  千年の都の芸術まもらむと沓掛の地に根城遷しぬ

七九一  幼子を抱きて立てる足許に鴨斃れおり「湖の伝説」

七九二  生母への思い抑えて三橋の絵画革命捉えきりたり

七九三  氾濫のごとく思いは溢れむや母なる東北目指し旅立つ

七九四  頼朝に追われ渡りし蝦夷が島未開に戻りてユーカラ歌ふや

七九五  逝きたれどまた何時の日か戻り着て二十歳の春を讃え謳へや

七九六  大いなる命の輪をば見つけたり、そを生きてこそ生命輝く

七九七  イオマンテ母の元へと戻る熊、霊に戻りて人の姿か

七九八  鳥や蝶魚に成りて霊は往く、物にあらざる霊はなかりき

七九九  存在の現われとして意識なり、意識のみなる霊界はなし

八〇〇  梅原は海のごとしや哀しみの母を抱きて青くたゆとふ

八〇一  恒久の平和誓いて捨てし武器、国滅ぶとも手にすまじきを

 

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