3日本国憲法の基本原理
そもそも憲法とは何か?
主権者が国家の意思の大綱を明文化せしそれが憲法
日本はアジアで最初の近代憲法を1889年に制定しました。『大日本帝国憲法』は近代立憲主義に基づく政治体制をつくったという意味で重要な意義をもっていますが、自由民権運動による議会政治の要求に対して、薩長藩閥の有司専制政治を守ろうとするものでした。伊藤博文らが狭い意味の法治主義に基づく『プロイセン憲法』を参考にして、天皇の権限の極めて強力な憲法を制定したのです。
天皇が現人神(あらひとがみ)だということは、神々の中でどの程度の地位か想像できますか?人間が神というのだから、下っ端だろうと思ったら大間違いです。主神である天照大神の御子と認められ、神々を支配する地位にあるのです。それで神社は天皇から臣下としての位を授けられています。ですから『大日本帝国憲法』は天皇教にもとづく国家支配を宣言したものでもあるわけです。現憲法では天皇は神ではありません。
そのうえで「第四条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」と明記されています。ですから権力分立ではなく、天皇に権力は集中していたわけです。現憲法では第四条で「国政に関する権能を有しない」とされています。
統治権というのは行政権のことだと思っていませんか。三権や軍隊の統帥権も含みます。
「第五条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ 第六条
天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス 」これで立法権と行政権を握っているということです。
法律は帝国議会で審議され、議決されますが、天皇の裁可で法律になるわけですから、天皇が裁可しなければ法律になりません。ただし明治・大正・昭和とどの天皇も議会の議決した法律案を拒否したことはありません。しかし裁可権ですから、拒否権でもあるのです。ですから議会は天皇の意向に反する法律案を議決しなかったということです。
議会が天皇の望む法律案を議決しないときは、命令を発して、補充できます。また騒乱にさいしては憲法まで一時停止できる戒厳令を発することもできます。
現憲法では国会は唯一の立法機関と明記され、国会の議決を天皇は認証しますが、その際拒否はできません。
行政官は天皇が任意に任命し、罷免できます。現憲法とは違い、帝国議会で首相を指名していたのではないのです。天皇の諮問機関である枢密院が天皇に推薦していました。ちなみに『大日本帝国憲法』には「内閣」という言葉はありません。総理大臣や首相という言葉もないのです。あくまで内閣の仕事は天皇の補佐として行っているということなのです。
「第五十五条 1 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼(ほひつ)シ其ノ責ニ任ス
2 凡(すべ)テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス」
現憲法では「第六十五条 行政権は内閣に属する」となっています。
では『大日本帝国憲法』では、天皇が重大な失政を行って、国家的な危機になった場合、その責任はだれがとることになっていたのでしょう。その場合は国務大臣の輔弼が悪かったとして、国務大臣が責任をとるのです。ですから国務大臣は天皇が失政を行いそうになったときには法律や勅令に副署を拒んで抵抗しなければなりません。その場合に天皇はどうしても自分の意思を通そうとすると、大臣を交代させるわけです。
どうして天皇自身が責任をとって辞めないかといいますと、天皇の国ですから、天皇が何をしようと国や臣民が天皇に責任を取らせることは原理的にできません。ですから第二次世界大戦での日本の敗戦について天皇の戦争責任を問う人がいますが、『大日本帝国憲法』の原理では、国家や臣民が天皇の責任を問う立場ではないのです。
第二次世界大戦後の極東軍事裁判では天皇を戦犯として裁くべきかどうかが問題になりましたが、あれは国際法廷ですから、天皇が侵した戦争犯罪について裁く権利はあったのです。それでは『日本国憲法』に変わったので、天皇の戦争犯罪は裁けるでしょうか。それは無理です。過去に遡って憲法を適用することはできないからです。
「第五十七条 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ」司法も元来は天皇の権限なのですが、一人で裁判を行うことができないので、裁判所にやらせていたのです。
天皇の権限でこれを手放したら実権を失いかねないのが軍隊の統帥権です。陸海軍は天皇に直属する軍隊ですから、天皇は大元帥陛下と呼ばれました。『軍人勅諭』にはかつて貴族や武家に兵権を握られたので、天皇権力が形骸化したので、これからは天皇の軍隊としてやっていくという決意が述べられています。ですから内閣がかってに外相交渉で軍縮を約束したり、軍事予算を縮減しようとしますと、軍隊は天皇直属なので、統帥権干犯だと軍人や右翼が騒いだりしました。また大陸に侵攻していた軍隊が内閣の統制を聞かずにどんどん侵攻をすすめるという事態も起こりました。
『日本国憲法』の成立
現在は自民党の憲法改正の草案が提示され、憲法改正のための国民投票法案が国会に提出されようとしていますから、現憲法から新憲法に変わる過程が進行しています。非常に歴史的に重要な時期に差しかかっているのです。いったい現憲法の何が問題で、どう変えようとしているのか、じっくりと検討してみてください。
さて『日本国憲法』が成立しましたが、それは何の規定に従って成立したのでしょう。そうです。『大日本帝国憲法』の改正手続きによって、帝国議会で決議され、天皇の裁可を経て1946年11月3日に公布され、翌年5月3日より施行されたのです。ですから国民投票はなかったのです。でも世論は圧倒的に支持しました。
「第七十三条 1
将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
2 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各〃其ノ総員三分ノニ以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス
3 出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス 」
ではどうして憲法改正は行われたのでしょう。それは1945年7月26日に米英中によって出された『ポツダム宣言』を受諾したことによります。
それが報道されてやっとGHQ(連合国軍総司令部)は民主化指令を出し、日本政府は憲法問題調査委員会を設置して改正案をまとめようとしましたが、その松本案の内容は『大日本帝国憲法』と大して変わらなかったので、マッカーサー元帥はGHQの民政局に改正案の作成を命じました。その際の三原則は「象徴天皇制、戦争放棄、封建制度の廃止」でした。
天皇head制は、ポツダム宣言の民主主義的傾向の復活強化の方向で受け取られますから、民政局案では天皇simble制になっています。
このように憲法草案はGHQの主導で進められました。しかしそれは国民の意思に反して押しつけられたというわけではありません。国民は象徴天皇制、戦争放棄、民主的改革のいずれにも圧倒的な支持を寄せていました。
日本国憲法の基本原理
国民に主権移して人権を守りて築けや平和の礎
それでは、いよいよ『日本国憲法』の基本原理に入ります。はい、何ですか。そう「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義」ですね。戦後しばらくは「主権在民、基本的人権の尊重、戦争放棄」と説明されていました。その方が特徴がよくわかったのです。
国民主権は前文と第一条に出てきます。
前文「ここに、主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」
第一条 「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって,この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」
国民主権ですが、主権の行使は代表者を通して行われる代表制民主主義、あるいは代議制民主主義です。前文の書き出しを読みましょう。「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」となっています。
象徴天皇制
すめろぎは神にあらねど人として募る思いを語り得ざるや
天皇が象徴ということは、天皇が日本国及び国民統合の目印になるということです。戦前は主権者として統治権を総攬していたのですが、その「一切の国政に関する権能を有しない」ことになったのです。本来国民が主権者なら天皇や君主は必要ないのですが、国民の総意が伝統ある天皇を象徴として残したいということなので残しているということです。
第二条「皇位は世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」
現在の皇室典範では直系男子のみに認められていますが、しかし永らく皇室には男子が誕生していないので、皇室典範を改正して、女子による継承や女系天皇も認めるべきだとの答申がでています。
ところが皇位は男系男子にのみ継承されてきのが日本の伝統だと改正に抵抗する人もいますが、それなら宮家を復活したりしなければなりません。室町時代までさかのぼって遠縁の人が即位することになり不自然です。国民は男女平等なのですから、象徴である天皇だけが男系男子でなければならないというのは時代錯誤でしょう。
天皇の権能がないことを保障するために第三条があります。
第三条「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」
天皇には二つの任命権があります。
第六条「天皇は、国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命する。天皇は、内閣の指名に基づいて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。」
天皇は国民の統合を象徴しているので、主権者たる国民の名代として儀礼的に任命しているのです。本来主権者が行うべきものを、その統合のシンボルである天皇が儀礼的に行うと受け止めれば、第七条の天皇の国事行為も理解できます。法律などの公布、国会の招集、衆議院の解散などです。
衆議院の解散は、内閣の権限のように思っていませんか。解散は天皇が行うのですが、天皇は内閣の助言と承認によって行いますので、いつ解散するかの決定は内閣ができるのです。内閣不信任決議に伴わない解散を特に七条解散といいますが、内閣不信任案の成立に伴う解散でも、七条によって行われます。
天皇は人間宣言で神ではなくなったにもかかわらず、人間としての権利は認められていません。自分の意思に基づいて意見を述べたり、行動することは許されず、常に内閣の助言と承認にもとづいてのみ行為しなければならないのです。そこに天皇制の問題があります。