第九章 宗教改革の思想

 1『95ケ条の意見書』

 ルター(1483〜1546) は贖宥状(免罪符)の販売に命懸けで反対し, 1517年に『95カの意見書』を発表しました。それは無知で貧しい農民を騙して献金を巻き上げようとすることに対する義憤からではありません。贖宥状は神の救済や審判にまで教会が介入できると見なしていることを意味します。それは神に対するとんでもない冒涜だと感じたからです。誰が救済されるかはただ神の御心次第です。それは人間の努力で左右できるようなものではなく,予め神の中で変更できないものとして予定されているというのです。贖宥状を買えば地獄の予定が天国に変わることは決して有り得ないというのです。この神の特権への冒涜だとして免罪符に反対したのです。

2信仰義認論

 ルターは,激しい雷に打たれて神を恐れたことがきっかけで,修道僧になりました。彼はどうせなら世界一の僧に成ろうと決心したのです。それで修道院での修行など苦もなくできると思っていましたが,それがなかなか厳しいものに感じてしまったのです。そこで彼は自分の罪の深さを知り,信仰のありかたを反省したのです。

 彼は修道院での体験を踏まえて,バイブルを真剣に学び直しました。それで旧約聖書はトーラーを守る事の不可能性を示していることが分かります。修道院での生活の意義もそこにあったのです。新約聖書はイエス・キリストの十字架によって人類の罪は贖われたので,イエスをキリストと認めることで信仰に導かれ,罪人のままで永遠の生命に至る事を 示していると解釈したのです。

 このように信仰によってのみ救われるという考えを「信仰義認説」と言います。しかしこの信仰は信じたいからといって信じられるものではありません。また善行を積む事で報いとして与えられるものでもないのです。彼は,「善い木には善い実がなり,悪い木には悪い実が成る。」という言葉の趣旨を,「悪人が善行をしても,それは神や人を欺こうと する偽善だ」と受け止めました。つまり自由意志は全くの無力なのです。彼は,イエスをキリストと認めることも,認めないことも予め神が定めていて, 少しも主体的な決断によるものではないと予定説を唱えたのです。

3『キリスト者の自由』

  信仰自体が全く一方的な神の恩寵なのです。ですからキリスト者は,自分が救われるた めに善を行いません。善行は救済とは関わりがないのですから, いくら善行を行ってもそれによって神の決定は揺るがないのです。ですから, 『キリスト者の自由』とは,キリスト者は全く自由に, 神の愛に満たされていることによって,自分の喜びとして隣人愛の善 行を行うという意味なのです。

  彼は,彼自身の聖書解釈から信仰義認説に到達しましたから,聖書のみが神の言葉を伝えるものとして尊重され,聖書中心主義・福音主義が打ち出されました。「福音」とは神の国の到来を告げる幸せの便りという意味です。具体的には新約聖書でのイエス・キリストの言説を指します。聖書を通してイエスの言説に直接触れることで, 万人が神と内面的 に交わることができるのです。ルターは一般の信徒が聖書を読めるように,聖書のドイツ語訳を独力で完成させる偉業を成し遂げました。これは書き言葉としてのドイツ語の確立に大きく貢献したとされています。

 直接聖書で神の言葉に接すれば,教会の権威によって神と人をつないだ特権的な司祭は不要なのです。この考えを万人司祭主義と言います。そこから職業は全て神の命じた使命であり,貴賤の差はないという職業召命観が説かれたのです。

 ルターの改革運動はローマ教会との全面対決となり,ローマ教会によって認められていた領主権力への反抗にまで発達しました。しかしルターは領主階級の保護の下で改革を指導していましたから,ドイツ農民戦争で農民たちが領主に反抗するのは,絶対に容認できないとしました。「カエサルのものはカエサルへ,神のものは神へ」という聖書の言葉を 持ち出して,神に背くことだと断固として,農民戦争に敵対したのです。

4カルヴィンの活躍

  スイスのジュネーブで宗教改革を推進したカルビィン(カルヴァン)は,『キリスト教綱要』で,神による救済に関しては予定説を強調しました。そこで信徒達は自分が救済されることを確信しようとして,神の召命である職業にひたすら勤勉に従事し,その成果を致富で示そうとひたすら倹約しました。カルビィンは利子や利潤の追求を認めましたので ,商業資本家の多くが熱心な信徒となりました。フランスではユグノー, ネーデルランドではゴイセンと呼ばれ,イギリスではピューリタンと呼ばれました。マックス・ウェーバー『プロテンタンティズムの倫理と資本主義の精神』によれば,彼らが資本主義の本源的 蓄積を大いに推進したと言われています。

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