スプーンの糸

                       船曵 秀隆

永く縫った 君との愛を忘れていく

君はナイフは怖いからっていつも指で食べてたね  

「他生の縁」すら失った最後の歩道  

地獄にも行けなかったら私はどうしよう?

誰もかもを失い 死に飽きて 何も残らなかったら  

何を乞えばいい?  

待つ人が一人も居ないこの場所で  

誰を呼ぶ声もなくなった椅子を  

現し世トンボが横切った  

枯れた命は メモリーを知る星の彼方で  

全人類の種を 宇宙の井戸に捨てた後の  

アダムとイブは死ぬ間際に  

「生まれて来て良かった」と思ったのかな?  

神はアダムとイブの糸を今でも縫い始めるかな?  

イブに去られた最後のアダムは

涙を拭う人もいない朝日を思う  

(人は現し世の記憶が 剥がれた時に存在の意味を知るんだね 君が私を見ていなくても…)  

一人きりの涙の壊れた朝食を  

君は覚えてるかな  

歩道から踏み外しそうな最後のスプーンの糸  

からこぼれ堕ちる「一人死」の言葉  

現し世トンボが見つめている  

呑んだ小指で「愛してる」と書き換えながら  

私は私から出て来る最後の声に耳を澄ます… 

現し世トンボは  

私が死ぬ間際の小さな変化に気付いている

トンボの羽根に映る宇宙もそれに気付いている

 

船曳秀隆への感想

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