ニューマンカインド

1、涙の糸が輪廻する

                                     船曵 秀隆

林檎が昨日よりもなつかしい朝日を浴びて幾億年になる

人類のこころは 決して一人では成立しなかった

半分は ひとりきりの海にでも 必ずだれかがいるのさ

その者と 記憶関係にある

涙が見えない糸のように 僕らをつないでいた

 

ノアの涙舟   

広大な星の記憶と 砂の耳を

瓶に詰めた 恋の羽音を 海に流す

(もしもひとひらの感動が僕を慕うのであれば

世界はアダムとイブを生むだろう)

あの日

ワタセナカッタ カエラレナイ気持チ

星の記憶と砂の耳は 大地を ふと きりきり舞い

砂に消えていく

そこを振り返ると海

愛は否定されない

繕うこともしない…

こころに大地の色を澄ます朝

だれかから涙の糸が輪廻する

涙が見えない糸のように僕らを

涙にあこがれた涙さえも つないでいる  

 

2、香人

 

涙を無くした老人は待つ

透明な大地の上で 

天使が季節をひろった両手ですくった水を浴びはじめる

涙の香りを編みながら 貴方だけのその呪文を唱えながら

光速で音物質上に

恋の水を注ぎ沸かし

胸に抱いた想いを澄み取る  好きだ

その音をレコードにした

老人が涙を慕う海底で聴き取った

→人類との最後の想い出

僕が亡びたその後にも涙の香りは残っているのでしょうか?

僕が亡びたその前にすら涙の香りを誰が知っていてくれたのでしょうか?

涙の布を脱ぎ捨てて 消えた貴方への想いよ

僕の涙の香りの量を悟った 貴方の気持ちよ

やがて天使の水浴びも鎮まり 想い出も消え

僕は 溜めたレコードの香りに耳を澄ます

 

砂の瓶がたどり着く日に

恋の羽音を聴き逃さないように

海底の土に 汚れた優しさを溶かしながら

涙の香りを

摘むために

語り合うために  

 

3、浄化人

 

完璧に洗浄された人々はこころに

大地の香りを澄ます

涙に消えた朝を覚える

涙の海から上がった新時代へと

海から飛び立つハトに

ある者の砂の耳が

漂着した瞬間 林檎が再生される

ハトが飛び去り拭う星の記憶

永遠のルールを斬り断ち 昇っていく

{翼に己を持ってくれ

我よ 我よ

あゝ}

人の糸を縫い終えた子が泣いている

仮歩道のすみっこでアダムとイブのラジオを聴きながら

最初の人が最後の涙を捧げる

永遠の噴水を見渡す

貴方らは愛の根源に神託された

人が生まれた朝の色

その色を瞳で吸って

新しいスタートを呼吸する

 

船曳秀隆への感想

「ニューマンカインド」は「初出:『13Fから』2000.1.朝日カル
チャーセンター」
 

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