『対話 現代アメリカの社会思想』

                                              山本晴義著 Minerva21世紀ライブラリー

プロローグ

九・一一テロからほぼ二年たちました。この間、アフガニスタン報復爆撃、イスラエルのパレスチナ攻撃、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」戦略、アメリカ合衆国(以下、アメリカと呼ぶ)の国連をも無視した「ユニラテラリズム(単独行動主義)」とイラク攻撃など世界中が沸騰しています。いま明らかなのは世界を見る目が南北(中核ー周辺)関係に移ったということです。私たちはかつて、これほどアフガニスタンの山々や、パレスチナの町並みやバグダッドの人々の顔を見たことがあっただろうか。

 もっともこのことはソ連社会主義が崩壊して東西冷戦が終焉し、アメリカの一極支配による「グローバリゼーション」が制覇してから出てくる流れなのだが、ブッシュ政権は九・一一を境に、その圧倒的な軍事力を背景に「新保守主義」、「単独行動主義」、[先制攻撃主義」を強行します。手前勝手な「人権と民主主義の十字軍」による世界支配を掲げ、今やアメリカは世界全体にとって、きわめて危険な「帝国」となった。

 いま私の頭にあるのは「ポストコロニアリズム」の代表的な知識人、パレスチナ出身のアメリカのコロンビア大学教授、エドワード・サイードのことです。オリエント(アラブ・イスラム)に対する、ヨーロッパの「思考の様式」、「支配の様式」を、オリエンタリズムとして痛烈に批判しました。私は現在のアメリカは究極のオリエンタリズムだと思います。

しかし、サイードはこのオリエンタリズムとの闘いを、イスラム原理主義のように、原住民主義とかナショナリズム、「文明の衝突」として闘うことに反対します。私は私たちの正しい“闘い”は、例えば今年(2003)215日、アメリカのイラク攻撃に反対して、アラブ諸国はじめアジア、アフリカ諸国でも、ヨーロッパ各都市でも、そしてアメリカにおいても合計60カ国、600都市で約1000万人の人々 が連帯して行動した民衆の反戦・平和の闘いだと思います。アメリカでもニューヨークの50万人などアメリカ200カ所以上の民衆の反戦の連帯が広がった。

 連帯といえば、昨年1月、ニューヨークで開かれた政財界の「世界経済会議」(通称「ダボス会議」)に対抗して、ブラジルのポルトアレグレでNGOによる「世界社会フォーラム」が一昨年に続いて開催され、世界各地131カ国から8万人を超える人々が集まりました。参加者は現在進むグローバリゼーションに反対して「別の世界をつくることは可能だ」というスローガンを掲げました。この「フォーラム」は今年も156カ国から10万人の人々 が集まって開かれました。

                                                        
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 九・一一以後、私は欧米中心主義的な「近代世界システム」が、道義的にも文化的にも激しい混乱と危機に陥っているのを感じます。

九・一一以前にも、湾岸戦争でのイラク爆撃や国連のルールを無視したNATO(北大西洋条約機構)のユーゴ空爆がありました。進歩的なドイツの思想家J ・ハーバーマスがこれらを支持して、批判を受けたように、そこにはやはり西洋的価値観優先の気配を感じざるを得ません。

これからの新しい文化を考えるとき、植民地主義以降の欧米中心主義を相対化して見る視点が必要だと思います。決してラディカル(根本的)な欧米思想の伝統の担い手たちが果たしてきた文化的貢献を否定するものではないし、否定のための狂信的な行為には反対だが、現在私たちは「新しい世界システム」、「より豊かな価値観」をつくっていく必要があります。

 それは、「周辺」、南北問題、ポストコロニアリズムの視点を包摂した、国境を超えた、集団的にして個人的な、多様な運動にかかっています。例えば平和運動、反核運動、労働運動、農民運動、女性運動、マイノリティの運動、環境保護運動など各レべルの運動のネットワークをローカルに、そしてグローバルに発展させていく中から生まれて来ると思います。

 私自身がかかわっている「生活現場と哲学の接点」を目指す市民団体「大阪哲学学校」は今年17周年を迎えましたが、いま人権団体、歴史団体や労働団体などとの連帯を深めようとしています。また、それらの運動が、そこでの中年・若手の人びとの国際的で多様なNGO活動やNPO活動と結びついており、今後このような広がりが一層発展していく気配を実感しています。

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 ところで、私たちが現存の世界システムから新しいシステムに向かおうとするとき、私たちがなによりも知らなければならないのは、第二次世界大戦後、「パクス・アメリカーナ]を確立し、世界をリードしてきたアメリカの社会思想の流れです。

私はそんな問題意識にもとづいて大阪哲学学校で1998年から今年にかけて17回、講座「現代アメリカ思想」の研究会、読書会を行いました。その内容を要約すると

( l )
第一一次世界大戦後の「パクス・アメリカーナ」の発展、ほぼ安定した労使の力関係、大量生産と大量消費とで特徴づけられる「フォーディズム」の確立、前例のない高度経済成長の中で、アメリカは現存の「世界システム」の最後の繁栄を謳歌しました。そこではまことにオプティミスティックな「アメリカ・リベラリズム」の社会思想が支配します。機能主義的な現代産業社会論、「社会システム」論を説いたT・パーソンズがそうですし、有名な「イデオロギーの終焉」論を説いたD・べルはその代表です。またアメリカ「国民国家」の自明の信条を守るために多元的な社会集団、利益団体相互の妥協と調整を説くD・リースマンもそうです。

( 2 )
大量廃棄、環境汚染、資源浪費… 、フォーディズムを支えていた諸勢力間の妥協の崩壊、「アメリカ・リべラリズム)の破産、諸矛盾の顕在化の中で、1960年代、公民権運動、黒人運動、スチューデント・パワー、カウンターカルチャー、べトナム反戦運動、フェミニズムや反公害、環境保護運動など多様な運動が爆発します。フランスでもイタリアでも、ドイツでも日本でも、そして第三世界でも、国家の枠を超えて噴出する。それはまたスターリン批判、ハンガリー事件やチェコ事件など既存の国権主義的な社会主義諸国や「旧左翼」に対する「異議申し立て」でもありました。先に私が現在の課題として述べた国家の枠を超えた新しい多様な諸集団のネットワークの始まりはここにあります。

 そしてこの運動によって世界システムにおける「国家」と「市民社会」の力関係が大きく転換し、「国家の政治」に対する「ライフス夕イルの政治」が台頭し、今までの社会関係を無批判に受けいれていた人びとの、日常生活における意識や価値観を根底からくつがえしていきました。

( 3 ) 1980
年代から、さらに脱冷戦期になるとアメリカを中心に「福祉の削減」「市場万能論」「規制緩和」「資本の競争力強化」という「新自由主義」、「新保守主義」へ右転換します。ナショナリズム、「強いアメリカ」という保守的風潮が拡大します。情報技術による産業構造の再編とともに地球規模の「グローバリゼーション」が支配しました。〈南北〉の格差、〈南〉の世界の中での経済的格差、〈北〉 の世界の国々においても〈南〉的状況がひろがってゆく。人類のごく一部の天文学的な富と特権を持った富者と大半の暴力にさらされている貧者への分極化がすすみました。

「左翼」の領域では、私は「アメリカ・フランクフルト学派」の中でも、アメリカで影響力の強いハーバーマスの限界とI・ウォーラースティンやサイードの積極性について述べました。ハーバーマスもウォーラースティンも、ともに「生活世界の植民地化」に抗して「ライフスタイルの政治」の実現を説きますが、ハーバーマスはヨーロッパの「近代」に対する知的確信が揺らぐ中で、あくまでも「未完のプロジェクト」としての「近代」を擁護し、終始、近代世界の内部、「西欧中心主義」を出ない。

ウォーラースティンは近代世界を「近代世界システム」として捉え、中核と周辺、半周辺の有機体とし、周辺、「南北問題」、「ポストコロニアリズム」の視点から「非同一的なもの(他者)」をも包摂して「別の世界システム」、「より豊かな普遍主義」をつくっていこうと言います。

私は、それは現在のアメリカ一極支配のグローバリゼーションに対抗して、地域、国家、人種性差、文化を超えてグローバルに発展している多様な「アソシエーション」の諸活動にかかっていると思います。それはマルクスが言う「国家の社会への再吸収]の過程であり、社会主義への過程です。

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 この本は、以上のような内容をもとにまとめたものです。その生い立ちからして、また入門書的な性格から対話体の形にしましたが、ややくりかえしの多い箇所もあります。ここで対話者のFと書いているのは友達ということで「大阪哲学学校」の専門・非専門の会員であり、また文章のはこびの都合上使っている場合もあります。Hというのは私のことです。ともあれ現代のアメリカについて社会思想の側面から見た書物が少ない現在、不十分ながらまとめたことは意味を持っていると思っています。多くの方々の御意見をお願いします。

       20034
 

                                                                                                                                                                                           著者

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