『人間機械と失業 』安達謙治郎著 長崎出島文庫 2000年発行

 

                                          

                              

                                  まえがき

  私が本書『人間機械と失業 』 を上梓しようと思ったきっかけは、トランジスタ・半導体関係の本に接したからです。

  半導体関係の本を読んでいて、その本の著者諸先生がまず口にするのは、「半導体はすごい」ということです。たとえば、「人間生活に一種の革命すら生じたといっても過言ではない」とか「人間社会に与えたインパクトにおいて、これほど大きいものはない」など、異口同音に半導体の驚異を表現しています。

 そこで、現代社会の構造は、その「半導体」の大きなインパクトによって、半導体の出現前とは大きく変わっているのではないかと考えました。もうひとつは、学校を卒業しても仕事に就けない人たちや、会社をリストラされて失業する人たちが三百万人(広島県の全人口とほぼ同じ数)もいて、それらの人々が実につらい思いをしているのを見聞きして、その解決の道を探したいとも考えました。

 本書のバックボーンにある思想は、米国の数学者でサイバネティクスの創始者ノーバート・ウィーナー(注1の著書 『 人間機械論 』 (池原止戈夫訳・みすず書房)によるものです。

  この 『人間機械論』は、機械が人間をまねることができる可能性と、そして、それが人間の領域にまで入り込んできたとき(これはまさに今の時代です)社会はどうなるかを論じたもので、そこでは、人間機械(ロボット・コンピュータ)と人間をハッキリ区別することを主張しています。訳者の池原止戈夫(注 2 )氏(故人、東京工業大学名誉教授)はウィーナーの思想について、「一個の思想は、それが偉大であればあるほど、それはますますすぐれて根底的に時代の反映である」と評しています。

  本書 『人間機械と失業 』 が、私たちがかかえる深刻な失業問題の解決の糸口になることを心から願います。

                                                           二 ○ ○ ○ 年五月   安達謙治郎

(注 1 ) Nobert Wiener (ノーバート・ウィーナー) 1894 〜1964 米国の数学者・電気工学者でサイバネティクスの創始者。
  言語学者を父とする家庭に生まれる。
  十四歳で米国ハーバード大学院に入り、物理哲学・動物学を研究、
  十八歳で哲学博士。
  英国に留学し、ノーべル賞学者 B ・ A ・ W ・ラッセルのもとで数理論理学・科学哲学・数学を学ぶ。
  一九三四年マサチューセッツ工科大教授。確率論・調和解析等の研究をおこなう。
  第二次世界大戦中の弾道計算から通信の統計的理論・自動制御・計算機などに取り組む。機械と生物をふくむ制御・通信をあつかう総合科学を
  めざし、「サイバネテイクス」と命名した([コンサイス外国人名事典 』 三省堂)

(注 2 )池原止戈夫(いけはら・しかお) 1904 - 1984 大阪に生まれる。一九二八年マサチューセッツ工科大卒業。東京工業大学名誉教授。
    著書『初等解析的整合論』『微分方程式 』  『 アメリカ学生生活 』 など。


                                 もくじ

まえがき … 1

はじめに … 11

1.トランジスタと第三次産業革命

  蒸気ー電気、そしてトランジスタ … 15
          産業革命
  トランジスタと産業 … 19
          アラジンの魔法のランプ
          人間機械の登場


2.人間機械の機能と役割

  生産性と品質・コスト … 29
          事実上の労働者ー人間機械
          電卓も人間機械
          安価・高性能・半永久的頭脳
          人間機械と風力発電

 3 ・人間機械と失業

   人間機械と失業 … 39
           新しい奴隷の出現
           人間機械とリストラ
   過剰生産の吹きだまり … 44
           建設業界と軍需産業
           景気論と失業問題
   構造化する失業 … 51
           価格破壊
           失業者を生むべンチャー企業
           失業というストレス

4 ・人間機械と減価償却

   減価償却制度の見直し … 61
           NTT 料金が高いわけ
     人件費と労働時間
     減価償却制度の非合理性
     現行減価償却費の仕組み

 5 ・人間機械と雇用機会の創出

  構造的失業の解決に向けて …75
           奴隷制に逆行する現代
           失業問題の解決へ

     おわりに … 79
 

                                            はじめに

 
本書は、第 1 章で、第三次産業革命と名付けた理由と、それに対処する経済のおおまかな方向について述べる。

 第 2 章では、人間機械(ロボット・コンピュータ)は“一種の人間 ”とする認識の重要性について述べる。

 第 3 章では、コンピュータ社会の特徴と経済論を論じ、現代の構造的失業問題の解明をこころみる。

 第 4 章では、人間機械と減価償却費の関係と、現行の減価償却に関する大蔵省令の非合理性について論じる。

 第 5 章は、現行の減価償却資産の耐用年数算定の適正化によって実現する、労働時間短縮による失業問題解決と、それがもたらす豊かな社会実現の途を示す。失業問題は人間の尊厳にかかわるものであり、失業している、いないにかかわらず解決の出口を探し出さなければならないことを強調したい。

                2.人間機械の機能と役割

                       生産性と品質・コスト

    事実上の労働者ー人間機械

  ノーバート・ウィーナーによると、ゼンマイ仕掛けの「操り人形」は一つのパターンにしたがって踊るが、それは前もって定められたパターンであって、そのさい人形の過去の動作は、その未来の動作パターンと事実上何の関係性ももたない。操り人形は、目が見えず・口がきけず・耳が聞こえないものであり、その動作をきまりきったパターンからほんのわずかでも変えることはできない。

   これに対して、人間機械・ロボットは、人間の感覚機能の一部、目・耳・鼻・皮膚などの機能をそなえていて、環境の変化に応じて人間が判断するように動きを変えることができる。つまり、ある選択肢で人間がとるのと同じレべルの行動をおこなうことができる。このことは、ロボットは人間の労働機能の部分に取って代わるものであり、ロボットは、形こそ人間にはみえないが、事実上の労働者である。

   ロボットは漫画などで昔から活躍していてよく知られているが、現代の実際のロボットについては、どこでどのように使われ、どのような働きをしているかを認識している人は少ない(注ー)。ロボットは三十五年ほど前に産声をあげ、Wねずみ算W的な相乗効果で、現 代社会でその威力をふるっているのである。

 この人間機械が生産性を上げると、人間はこのぶん生産しなくてよい。しかし、人間機械は消費が極端に少ない(減価償却費のみ)ので、代わって人間が消費してやらなくては経済は成り立たない(注2)。

 そこで、人々の欲しいものがゆきわたって、消費者ニーズがなくなる前に、後述するように、労働時間を短縮して余暇(消費時間)を拡大することで新たなニーズをふやさなけばならない。ロボットによって、リストラではなく労働時間の短縮をもたらすのである。

 こうした環境でこそ、ロボットを私たちの豊かな生活に生かすことができるのである。この原則をすべての国民が理解しなければならない日がもうすでにやってきている。

    電卓も人間機械

 1999年2月23日、米国ワシントン郊外のメディア博物館・ニュージアムが、20世紀の百大ニュースの 投票結果を発表したが、本国での発明にもかかわらずトランジスタの名前は上位には見当たらない。

 しかし 、『西遊記』のなかで活躍する孫悟空は、自分の毛を引き抜いて一吹きすることで沢山の分身をつくりだした。またアラジンは魔法のランプをこすって召し使いを呼び出し希望をかなえるーこれと似たようなことが、いまこの社会で進行しているのである。それがトランジスタ・半導体・ IC の発明による「人間機械・ロボット」の存在である。

 まず身近なものは電卓であろう。いまでは景品としてタダでもらうこともあるこの計算機は、1955年真空管で作られた( IBM650)ときの値段は20万ドル、重さ5650ポンド(約2.8トン)もした。その消費電力たるや17.7KVA であった。もし、真空管の時代が現代までつづいていたとしたら、この製品の価格やサイズは数分の一か数十分の一かにはなったかもしれないが、今の電卓までに小さくて高性能、低価格にはならないことは容易に想像できよう。

  この電卓もロボットである。

  「そろばん」と比べてみるとそれが分かる。そろばんの足し算、あるいは掛け算などの計算は、ある法則に従って「人間が計算して」玉をはじいて答えを出す。一方、電卓は、ある数値に別の数値をどうせよと命令をだすと「機械が自分で計算して」答えをだす。つまり、 「計算する人間の頭脳」をこの電卓はもっている。

 もうひとつ、銀行の窓口に置かれてある ATM (現金自動支払預入装置)をみてみよう。このロボットは、預金残高を計算してお金の出し入れを管理するとともに、現金の入出金を銀行員に代わっておこなっている。そこには計算する人も現金を扱う人もいない。このATM は頭脳ばかりでなく目と感覚をもっていて、人間がおこなうような現金の出し入れ動作を、みずから“道具を使って”おこなっている。

 こうした、同じ情報なら人間と同じ答えを計算して出す機械がロボットである。この「計算して答えを出す行為」が、人間の頭脳と同じ働きであるので「人間機械」といわれるわけである。

    安価・高性能・半永的頭脳

 トランジスタの発明によって小さくて、安価で高性能、ができるようになった。この頭脳(注 3 )は驚くほど安い。半永久的な耐久性をもっ「頭脳」数百円から数万円程度である。この頭脳に動作の計算を記憶させ、入出カの回路をつけたのが実質的なロボットの頭であり、手足となる道具・機械を組み合わせて、オートメーションの生産ラインを制御するわけである。

 頭脳に動作の計算を記憶させるとは、 ROM をプログラミングすることである。このプログラミングは孫悟空の分身作りに似ていて、莫大な経費をかけてアプリケーション・ソフトを開発したとしても、自動車や電化製品など多くの製品に同じものを組み込むことによって、その費用はわずかなものとなる。もちろん、手足となる道具や機械の価格も、ち ょうど何枚もの合わせ鏡で映してながめるように、将来に向かって限りなく廉価になっていくはずである。

    人間機械と風力発電

  最近、あちこちで風力発電がはじまっている。450キロワットから1000キロワット位の出力で、つねに最適な条件で風をうけられるように、プロペラの羽の角度などをロボット制御している。

   もしこの制御ロボットが真空管の時代のままなら、そのロボットのコストやメインテナンスの経費は莫大になる。そして、電力会社に発電した電気を売るために必要な電力変換装置のコストも、真空管式となると莫大な費用となり、これでは風力発電は経済的に効力をもたない 「負」の発電となってしまう。

  トランジスタ・半導体・ IC の発明によって可能となった、小型・安価・高信頼性・半永久という人間機械なしには、この優美なフォルムをもった風力発電の実用化はできなかったといっても過言ではない。ここでも「黒子の奴隷」 =ロボットが二十四時間休みなく働いている。

   一般の人たちはもちろん学生すら、自分の身の回りで活躍しているロボットをそれと認識してはいない(注4)。学校でロボットについて基本のところを教えていないからである。メカ的な面を専門教育で学ぶだけというのが現状で、大学生でもなかなかロボットを黒子の奴隷であるとイメージできてはいない。スーパーマーケットでのレジスターやバーコードをロボットと認識できる人もほとんどいない。

  学校教育で人間機械・ロボットとはどういうものかを教え、どういう社会に自分たちが生きているのかを認識させることが重要である。

 

   (注 1 )アラジンは、魔法のランプを周りにわからないようにこっそり隠してつかったと書かれてある。そして、国民に慕われる王様になって物語は終わる。

   (注 2 )減価償却費と光熱費がロボットのW生活費Wとなるが、ロボットは自律しているわけではなく、直接あるいは間接に命令をおくっている人間が必ずいる。したがって、その人間の生活とリンクさせる必要がでてくる。

    (注 3 )これは「中央演算装置 CPU 」「プログラム ROM 」「データ RAM 」「入出力 T / O」の四つで構成されている。電卓からパソコンまですべてのコンピュータは基本的にはこのようになっている。

    (注 4 )ロボットのイメージは漫画の影響で、人間の形をしたものと認識されている。しかし、手足はなくても立派に生活している人がいるように、姿かたちは人間の定義の一つにすぎない。“人間は通信(情報)のやりとりをする生物である ” という定義に異論はないが、無機質の機械も通信(情報)のやりとりをおこなえるようになったのである。ロボットは人間になりえないが、限定された人間の行動をまねすることができるので、限りなく人間に近づくだろう。

 

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