エラスムス『痴愚神礼讃』のパロディ

 

       舞台裏にて
 

      はじめての主役ふられて張り切るも痴愚女神ではちょっと惨めか

 榊周次は三輪智子を例の休憩室に連れて行った。「三輪さん、今度はひとつ主役を引き受けてもらおうと思ってね。」智子はうれしそうに「やっと回ってきたの。でも電脳のバーチャルリアリティだから、突然成り切ってしまうというのじゃなかったかしら。」「それはそうなのだけれど、今度の役はある程度自分の役柄を理解してもらっていたほうがいいから。」

 「女性が主役というのだから、クレオパトラとか楊貴妃とか小野小町とかでしょう。『花の色はうつりにけりないたずらに吾が身世に経るながめせしまに』なんて人生を感じさせ、人間論としてもいいですね。」

 「いや、今度のは美女ものじゃないんだ。」「それじゃあ則天武后とか西太后など恐ろしい役柄だったり、そういう役は私みたいな清純な少女ではとてもこなせません。」「いや歴史物でもないんだ。今度は君に女神を演じてもらおうと思ってね。」

  少し恥ずかしそうな顔をして智子は言った。「あら先生、私ってそんなに神秘的な美しさで先生を惹きつけているのかしら?」

榊は首をふった。「もちろん、そうだけれど、今回はアフロディテみたいな美の女神じゃなくて、もっと人間性豊かなモリアつまり痴愚の女神なんだ。」智子はドテッと前のめりになった。

 「ああ、エラスムスの『痴愚神礼讃』のモリアね。それはちょっと無理じゃない?私いつも利発そうな顔だとか、キリッとした顔だとか言われているから。痴愚女神だったらあまり緊張感のある顔では無理でしょう。」

「たしかに三輪さんはいつも凛々しい顔をされているけれど、それは緊張感のない顔だと馬鹿にされたり、だらしないと思われるという警戒心があるからなんだ。人間いつでも緊張して、きりっとしていると、精神衛生上問題が起こりやすい。たまにはリラックスしたいという意識をずっと意識下に押し込んでしまっているのだ。だからモリア役をやって、精神を弛緩させることはとっても大切なんだ。」

 「あのモリアのしゃべっていることは、全然馬鹿なことじゃなくて、とても機知に富んでいるし、センスのいいことでしょう。そういう賢いことを痴愚神だからといってパーみたいな顔して話すなんてとてもできません。」
 

 「そこまで分かっていれば、後は気軽に自分の思いつくままに話せばいいんだ。要するに、社会にはびこる特権階級の独善的で身勝手な痴愚狂乱ぶりを暴露する。それに人間の本質は理知であるけれど、その理知は神や自然の摂理に比べたら痴愚に他ならないことを確認する。その上で痴愚こそ人間が人間らしく生きていくのに相応しい人間の本質であるとして、様々な痴愚の効用を説明してくれればいいんだ。」


 「ええ、そんな気の利いた話次から次とできるかしら、だれか合いの手をいれてくれるのでしょう。」「そうだね一人芝居みたいのでいきたいのだけれど、時折、エラスムス役にして上村陽一君を登場させることにしよう。」


 

                   吉本演芸場にて

                    痴愚女神現れ出でたるそれだけで笑い転げてみんな幸せ

司会 それでは今日は特別に今や人気絶好調、天から天下ったか、地から湧き出したか痴愚の女神モリア様のご登場です。

アホの坂田が出てくる。「アホの坂田、アホの坂田」と歌いながら登場で、笑いの渦が起こる。「ハイ、アホの坂田です。え、わたいのことでっしゃろ。違いまんのか。ほな失礼します」とまた歌いながら退場。

  ついで花子が登場。「私のお呼びやろとマネージャーがいうもんやから、なに?痴愚女神モリアやて、この私が、そんなむつかしいこと分かりまへん」と退場。

  いよいよ奇想天外、奇妙奇天烈な衣裳で三輪智子が登場。満場が笑い転げる。

「あんたら、なに笑ろてんねん。まだなんにも言うてへんがな。アホちゃーう」と智子は頭の後ろから右手をパーにしてジェスチャーした。するとアホの坂田が袖から首を出し、「アホちゃいまんねん、パーでんねん」と合いの手を入れた。会場腹を抱えて笑う。

 お待たせ―、アホそのものでっせー、まあアホの純粋培養でんがな、すべてのアホ・馬鹿・間抜けの根源やね、ハーイ痴愚の女神様モリア、モリア、モリア(会場も一緒に連呼し始め、テンションが高くなっていく)モリア……………………。おおきに、おおきにストップ、ストップストップ、ストップいうとんやろこのスッポン、ボケナス、かぼちゃ!あかん、あかん年寄り興奮さしたら粟ふいて死んでしまうがな。
 
                     
馬鹿喜劇 

         馬鹿を見て笑ろてる自分に馬鹿を見る馬鹿にこそある人のぬくもり

熟年のおばちゃんたちが多いので、馬鹿の本場大阪での実演やさかい、馬鹿喜劇の話から入りまっさ。四十年も前やけど、わてはうら若い少女にみえまっけど、アホは歳とらんといいまっしゃろ、女神やさかいほんまはずっと大昔からいてまんねん。

松竹新喜劇で藤山寛美の当たり役で阿呆の若旦那や若君役がありましたな。父親役の渋谷天外にとっては馬鹿息子がかわいいがな。馬鹿息子は少しもけれん味がなく、裏表があらへん。素直な心で感じたままに口に出し、行動しよる。大人の世界のごまかしや欺瞞が通じまへん。それで陋習や偏見で押し潰されてた人情が、馬鹿息子の活躍で取り戻されるというのが筋立てになってましたな。なんとなくユーモラスで温かい馬鹿(若)旦那の登場で、観客の気持ちは軽うなって、なんとなく楽しくなったもんです。それで馬鹿(若)旦那の物真似が流行りました。

 丁度同じ頃やった思うねんけど、吉本興業でも『番頭はんと丁稚どん』という頭の足りない丁稚を主人公にした、ドタバタのコメディが大うけでした。大村昆扮する馬鹿の丁稚は馬鹿やさけ要領が悪い。いつも失敗ばかりして叱られたり苛められたりしていましたなあ。観客はその馬鹿さ加減に腹抱えて、笑い転げよったもんや。人間誰しもおのれの馬鹿さ加減に自分が嫌になってるもんなんや。だから自分より馬鹿なことをする人間を目の前にすると気持ちが楽うになり、優越感からなんとのう嬉しなってくるんやね。それも自分と同程度の馬鹿ではあかん、それやったら自己嫌悪が募ります。そやから、徹底した馬鹿の方が受けまんねん。ほいでコメディでは破茶滅茶な馬鹿が登場しましたなあ。

 ほんでも、アホやから正直で素直です。決して人を憎んだり恨んだり、人に対して悪意をもったりできまへんのや。そやさかい馬鹿は馬鹿正直にしか生きられなへんから、馬鹿を馬鹿にしていた人々のいやらしさをはっきり見せ付けたんですわ。脇役たちは、一番大切なものを見失っていた自分達の馬鹿さ加減を思い知ったということです。

 藤山寛美や大村昆なんかの馬鹿喜劇に登場する主人公の馬鹿は、ひとまずは、観客達が自分達の馬鹿さ加減を自分の外に出して、そのことによって自分達を馬鹿ではない人間としての優越感を獲得するための道化ですねん。しかし、馬鹿を馬鹿して終わりでは、人から馬鹿にされることに普段から最も疵つけられている観客達にすれば、反って後ろめたい気持ちになってしまいまっしゃろ、後味が悪いもんでっせ。ほんで観客達はこう考えまんのや。「あの馬鹿は程度の差こそあれ自分自身の馬鹿でもあり、それを笑っている自分は、自分自身を笑い者にしているのだ」と。

 そうなったら、今度は馬鹿に限りない共感を寄せますねん。そして、あの馬鹿さ加減は実は感じたままに正直に行動する余りに我を忘れ、ブレーキがきかんようになった状態やと受け止めよるんですわ。そこに計算のない真実の気持ちの現われを感じますんや。馬鹿の行動は目茶目茶やけど、破綻せんために不純になった正常な常識的行動には見られない大切な魂の息遣いがありまんのや。不純な行動いうのは、他に目的があり、心はそこに行ってしまってるのに、その手段として必要なために自分の気持ちを誤魔化している場合にも見られます。そやさかい馬鹿は人間の本来の姿を表現することになりまんのや。

人間、馬鹿なことやったら、破綻してまいますが、そうかいうて馬鹿なことをやらへんようにほんまの気持ちに逆らうてると、自分の一番大事なものを見失ってしまいますんや。そやから馬鹿喜劇の馬鹿は人間をまっとうな姿に立ち戻らせるヒーローですねん、馬鹿天使なんや。それで馬鹿役が登場すると観客は和やかで暖かい気持ちになれるし、何か幸せな気分に浸ることができるのです。(拍手)

               エラスムスと掛け合い

エラスムス平和の訴え引っさげてモリアにまみえる大阪の町

 

 休憩のあと上村 陽一のエラスムスとのかけあい漫才である。陽一が椅子に腰掛けて、居眠りしていると、モリアが登場するという設定だ。

モリア「エラスムスさん、こんなとこで笑福亭仁鶴師匠みたいにエラはって寝ていると、エラい風邪ひくがな。」


エラスムス「ウワー、こてこての大阪のおばちゃんやんか、あんたいったいだれや?」
モリア「なんと仰るうさぎさん。うちはあんたで、あんたがうち、痴愚の女神モリアやんか。」


エラ「モリアはんに一心同体みたいに言われても、あまりうれしないな。」

モリア「それにしても『十六世紀はエラスムスの世紀』になるやろいわれて、ルターの宗教改革運動でそうならへんかったあんたが、なんで二十一世紀の大阪にタイムスリップしたん?」

エラ「わしは平和主義者やねん。『平和の訴え』という平和の女神パックスの訴えを書いてるんや、ほいで二十一世紀の日本の『九条の会』から講演の依頼がきたんやな。なんでも日本は一九四六年に施行された戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認を定めた『憲法第九条』を変えてもたろという動きがごっつうなって、そいであわててタイムスリップしてきたというようなわけやがな。モリアはんはどうして二十一世紀の大阪なんや?」

モリア「ここが一番モリアにとって居心地がええの。みんなあけっぴろげで馬鹿丸出しという感じやんか。まあ『憲法第九条』ほど立派で貴重なモリア(馬鹿)な条文もないわな。これがなくなるのはモリアにとってもサビシーから大いに頑張ってや。」

   馬鹿になり国家非武装選べるやそれとも利口に改憲すべしや

エラ「わしはすごい人類の平和へのかたまりのように思うとんやけど。ほやかてハルマゲドン(最終戦争)が何時起こっても不思議やないほど人類の武器は進化しとうやろ、核兵器や生物・毒ガス兵器が小型化しよるやん、そいで安う作れるようになってるやん。何時までも国家が武装して国を守るということやっとったんでは、ほんまにハルマゲドンになってしまうで、このへんで思い切って、国の軍隊いうもんをやめてもて、地球規模の集団安全保障の機構にそういう兵器を集めてないようにせなあかんのや。『第九条』はその第一歩やな。」

モリア「だいたい武器を持って戦うというのがアホな証拠やね。武器がどんどん進歩すれば人類はおだぶつになってしまうんやから。」

エラ「ほんなら、武器を持たへんちゅう『第九条』はなかなかお利口やおまへんか」

モリア「ほんまに守れるんやったらね、それやったらお利口やけど、実際は世界有数の軍事力を備えた自衛隊を持ってるやん。ほんなら『第九条』なんぞはインチキやんか、改定すんのが当たりまえなんよ。それをせっかく立派な条文やから残したいというんが、これまでの国民の姿勢なんやね。そこが馬鹿なんよ。残したいなら自衛隊もなくさなあかん。ほんでも、それはいやなんやろ。それを解釈だけかってに変えてもて、戦力ももてるし、自衛のためなら戦ってもいいなんていうことにしたんよね。それやったら他の国も同じなんよ、どこだって侵略できる軍隊なんて認めてないわけよ。だから『第九条』の意味はないわけや。」

エラ「そしたらモリアはんは改憲に賛成してはんねんね。」

モリア「馬鹿やね。私は軍隊なんて馬鹿なものはさっさとなくせいう立場やさかい、改憲には反対なんよ。」

エラ「侵略されたらどうすんのや。」

モリア「非武装で世界平和に貢献し、平和で豊かな国をつくって途上国を援助している国を侵略できるやろか。もし侵略されても、戦わへんかったら戦闘にならへんやんか、無血占領するわけやろ。そしたら非暴力での抵抗が続くし、世界から侵略者は非難を浴びるわな、経済制裁とかされるので、どうして占領をやれるいうんや。もし無差別の大虐殺でもさらしよったら、それこそそいつらは、支配が難しなるやんか。それにひょっとして民族皆殺しにされるとしょ、そしたら恒久平和のための尊い犠牲として人類史に記録されることになるわな。ああ日本人は侵略され、皆殺しになる危険をあえて冒しても、人類が武器を捨てる決断を促すために率先して非武装国を作った偉大な民族だ。彼らは滅ぼされたという意味では、確かに馬鹿やった、大馬鹿者やった、そやけど人類の恒久平和には彼らのような大馬鹿者が必要やったんや、とえらいほめられることになるんや」

エラ「でも日本人はそこまで偉大じゃないから無理やわな。」

モリア「そうやね、時には人間、馬鹿に成り切ることも必要なんや。これは痴愚女神モリアの意見やから、心して聞いときや。」

エラ「ウーム、馬鹿の意見に従うべきか、これまでどおり、ごまかしと中途半端でいくか。それとも小利口に改憲してしまうか、日本人も正念場やな。ついでに今、焦点になっている靖国神社参拝問題についてモリアはんのご意見はどうでっか。」

            霊ありて社に集まる信仰を総理の名もてするはイケン(違憲)や

                 帝国の支配侵略犠牲者の御霊祀らず戦犯祀るな

モリア「馬鹿に意見を訊くやなんて、なかなか見上げた馬鹿ね、あんたも。だいたい靖国神社というのが馬鹿の見本やろ。英霊を祀るなんて発想が馬鹿やんか。なんで戦争で死んだ人の霊が靖国神社に行くわけ。だれが霊なんて見たんよ。勝手に祀る人が自分の気持ちを慰めるために死んだら霊が残るなんて決めつけているだけやろ。それやったら靖国神社でのうてもべつにええやん、みんな心の中で戦争犠牲者に感謝していればええんよ。わざわざA級戦犯を神として合祀している神社に参るやなんて、A級戦犯を恨んでいる国の人々が反撥するわな、日本は反省してへんと思われて当然なんよ。だれをどう祀ろうが日本の勝手やいうんやったら、相手の国にそんな無神経な国とは付き合いたくないといわれてもしょうないわな。まあ慰霊施設を作るんやったら、先ず日本が侵略して被害を与えた人々の霊を優先的に祀るのが正しんいよ。そうせへんかったら、いつまでも日本への敵意は解けへんにきまってるわ。」

                        野の花は華麗に装い咲きたるを何の不足もあるまじものを
             

エラ「他にもモリアはんからみはったら、現代社会はまだまだ痴愚狂乱に満ちていることやろね。」

モリア「そらそやろ、人間自体が痴愚狂乱のかたまりやがな。なんも文明なんかいらんのよ。野の花を見てみ、きれいに咲いてるやん。それでなんも不足あらへんやんか。文明なんか作るよってに、欲が膨らんで不足だらけになったんやんな、それで森の木を切って砂漠にしてもたり、他の動物を絶滅してしもたりするんやで。そいでいっぱい物を燃やすさけ、地球が汚れるし、暑つなっていくんやがな。大昔、三種類の微生物しかこの世におらへんかった時代に、この微生物同士のバランスが崩れてメタンガスがごっつう出て、地球がいったんあったかなった後で、太陽の光がとどかんようになって、地球全体がなんと五千メートルの高さの氷に覆われたことがおまんねんやわ。微生物でもこれだけの変化をもたらしたんやさかい、人間の産業活動が地球にどんな大異変を与えているかよう反省せなあきまへんで。」

 

                   便利さを求めて築きし文明に首絞められてもがき苦しむ


エラ「あんたほんまにモリアかいな、えらい賢いこといわはるな。似合わん似合わん。」


モリア「わしはこれでも神さんやで、神さんから見たら人間の知恵がそもそも馬鹿やゆうこっちゃ、便利なもんつくっては、それでよけいに不便になってしもうとる。自分で自分の首を絞めとるんや。」
 

                   いまさらに原始の昔に帰れねど命の循環保つ工夫を


エラ「そいでもいまさらはじめ人間ギャートルズみたいに原始生活に戻れんわな。」

モリア「原始生活に戻れんでも、もっと自然に帰りなはれ。それにそう開き直るんやのうて、先ず反省せなあかんわな。それでどうしたら大いなる生命の循環と共生の中に人間の生活を調和させられるのか、いろいろ工夫せなあきまへん。そこに頭使わな。文明が生み出した科学技術いうもんをそのために役立てなはれいうとるや。地球を汚したり、温暖化させることに使わんとな。」

 

エラ「それにしてもひところは日本は21世紀には世界の中心になるといわれてましたやろ、それが不況が長引いて、だんだん落ち込んでいってるようですね。なんとか持ち直す方法はおまへんのか」

                   豊かなる国に生まれし若者は怠惰になずむハングリー欠け

モリア「まあ日本、日本言うてんのは了見が狭いわな。どこが中心やかてええわけやんか。ようするに世界がなかようできてお互いに繁栄できればええとせな。日本が繁栄を続けよ思たら、戦後の日本みたいに若いもんがよう働き、よう勉強するということがないとな。今の五十代の連中まではわりと頑張りよったさかい、一時、日本が世界をリードするいうとこまでいったんやけど、経済成長が済んでから教育を受けた連中は恵まれすぎて、ハングリー精神に欠けてたわな。そのかわり70年代以降は中国や東南アジアの若いもんが頑張りよった。今でも日本の学生は勉強せんようになった言われとるやん。それで落ち込み防げいうても土台無理ちゃう。」

 

                生まれ来る子の数減りぬその分を招き入れてぞ人手保たむ


エラ「アメリカなんかは落ち込んでいくいわれたけど盛り返してますわな」

モリア「アメリカは移民を受け入れてますやん。どんどん世界から若いやる気のある連中が入ってきて、補填していくさけ、繁栄が続けられるんや。日本かて外国から移民や出稼ぎを受け入れたらええんや。そうでもせんと経済落ち込んで、財政赤字で増税なんてやってると、それでまた経済が冷え込んで、悪循環になっていく。」
 

              財政の赤字膨らむそれゆえに増税すれば赤字へるかは


エラ「日本人は外国人が増えると犯罪がふえるので、それが怖いんやろな。それにしても財政赤字やさかい、増税するしかないいうてえげつない規模のサラリーマン増税や消費税増税が計画されてまんな、モリアはんからみたらどうでっか?」
 

                  増税は所得吸い上げ経済を停滞させて赤字まさずや


モリア「あきれ果てたモリアやね。官僚や有識者いうのんは頭の中が空っぽなんやろな。財政が赤字やから増税したらええという発想が安易やわな。そら幼稚園以下でっせ。」


エラ「赤字になった原因をはっきりさして、そこから考えないかんいうことでっしゃろ。そもそも財政ちゅうもんは、企業と家計だけでは景気変動がはげしすぎて資本主義経済が崩壊してまうから、それを調整するためにありまんねんやろ。それと、貧富の格差を所得再分配で緩和して社会の安定をはからんならんからや。その財政の規模が大きなりすぎたら、民間経済はもたへんわ。増税のやりすぎは自殺行為でんな。」
 

                     統合の時代始まる経済は一国単位時代遅れや


モリア「アンタ十六世紀から来た割には、近代国家のことよう知ってるな。榊せんせの授業うけてんのちゃうか。そやねん、増税で景気冷やしてしもたら、税収は余計に落ち込むさけ、増税やっても財政収入は減ってしまうんや。そもそも財政赤字が膨れ上がるというのは財政がきちんと機能でけへんようになったからや。二十世紀末からの経済の停滞は、国民経済が一国の財政で調整できんようになったいうこっちゃ。中国なんかからものげっつい安い商品が入ってくるから国内生産が減んのは当然や。これは東アジア市場全体で調整せなあかん問題なんや。財政を使うんやったら、よその国の低賃金に対抗できるほど技術水準を上げたり、労働力の質を向上したりするこっちゃな。つまりは学校教育のレベルアップや。それから外国人労働者をどんどん増やすしかないな。」

エラ「ちゅうことは時代が、一国単位の近代からグローバル統合の時代に入ってきてんのに、官僚や学者連中はいまだに一国単位の発想しかでけへんいうことでんな。けっこうパーなんや。」

 

             人間の理性は痴愚の現われか、苦しみの因生み出すばかりや

 

エラ「ところでモリアはんからみたら、この世のすべては痴愚のかたまりということになるそうやけど、そしたら理性や知恵というものはおまへんのか?」


モリア「アンタもやっぱり痴愚やな。理性や知恵と痴愚が別にあるんやのうて、理性や知恵が痴愚の現れいうことやんか、別に自然のままに生きてたらええのにしょうむないもんばっかり作り出して、それで自分で苦るしんでんのや。理性が作り出した経済学に捉われて、大増税案がでてくるんや。ともかく人間の理性はろくなもんつくらんで、その最たるもんが貨幣やな。これにとりつかれたら最後、一生をこれのために捧げつくしよる。これのためやったら寝るのも惜しいそうや。あんまりこれが好きなもんやから、これをつかうのが惜しいいうて、通帳眺めるだけで満足して、結局死ぬまでつかわなんだ奴もいるそうやで。つかわへんかったら意味ないんやけどな。純粋馬鹿やろ。」


エラ「土地・建物や宝石・絵画・骨董品を収集している連中も似たようなもんや。ただっぴろい家に住んだって、掃除からなにから自分ではでけへんから人やとってせんならんのやけど、広すぎて不便なだけやがな。家族四、五人やったら五つか六つ部屋があったらそれで十分贅沢やがな。いや個室なんかないほうが一人で閉じこもられへんから。かえって孤独にならんでええかもしれんな。個室があるよって家族の会話がのうなってしまう家も多いそうや。ふだん使わん宝石や絵画を持ってたって、それがいったいなんやちゅうねん。みんながいつでも見れる場所に寄付してんか、ほんならみんな楽しめるのに、独り占めにして自分だけ喜んどおる、根性ババ色や。」

モリア「そらアホやで、たしかに。」

エラ「モリアはん、あんたはそうやって金持ちや権力者の痴愚をこき下ろしはるけど、痴愚そのものは素晴らしいもんやと、痴愚を大いに賛美してはるらしいね。」

 

モリア「自分の痴愚に気づかんと、自分だけ正しいとおもとる馬鹿が権力者に多いやんか、自分は核兵器ぎょうさん持っといて、ちっちゃな国が一つでも持っといたろと思ったら、ならず者呼ばわりしよる大統領がおるやんか、あれは独善の典型やな。自分とこ民主的な国で、平和を愛好してるから侵略者から平和を守るために核兵器でもなんでも持つのは正義やけど、相手の国は核兵器持ったらほんまに侵略や戦争に使うから持たしたらあかん、持ったら核兵器をぶち込むぞと脅しよるねん。」

 

エラ「よう考えたら、実戦で核兵器使いよったんは、その国だけやったりして。あれは戦争を早よ終わらして、本土決戦にならんですんだから、相手の国民を救ったよい原爆やったという理屈やな。ようするに良い木には良い実がなり、悪い木には悪い実がなるという理屈で、自分が正しいことが前提になってしもてる。そしたら少々自分らが悪いことしても、動機は正義のためやったですませられるんや。」

モリア「そういう独善的な馬鹿は、大いに批判しとかなあかんけど、人間の本性である馬鹿は、人間のありのままの姿やから、馬鹿丸出しで生きたらええわけなんよ。」
 

             本源の痴愚に帰りてまぐわいぬ、この世のすべては痴愚が生みしか


エラ「ほおーどんな馬鹿がええ馬鹿何やろ」

モリア「ほらだれでも子供を作るための行為をするときは、賢そうな顔やしかめっ面はやめて、馬鹿丸出しの本来の顔に戻るやんか。我を忘れて忘我の境地でおこなわなあかんのや。神々かてそうやで、そやからこの世界にあるすべてのものは痴愚から生まれたというこっちゃな。」

 

                子育てに若さと別嬪吸い取られそれで幸せ見上げたモリア

 

エラ「子供を生んだり、育てたりする母親の営みはどうでっか、なかなか偉いんやおまへんか。」

 

モリア「それがモリアなんよ。そやかて出産ちゅうのはめちゃめちゃ痛いんやで、それが赤んぼの顔みるとすぐ忘れてもて、もう一人生みたいなんてなるんやから、アホですわな。それに一所懸命子育てして、自分の若さも別嬪もみんな子供に吸い取られてしまいよるのに、それが生きがいやとか、幸せやとかしゃーしゃーというんやから、見上げたモリアやわな。」
 

               痴愚ゆえに可愛いものよ子供らは、悪態つかずに笑顔ふりまく

 

エラ「まあ、あかんぼいうのは可愛いもんでんな。孫ができたらメロメロになるいうけど、子供を育てることほどやりがいの有ることはないのちゃいまっか。」

 

モリア「子供もモリア(痴愚)のお陰で可愛いんやで、はじめはなんも悪いこといわへんやろ、ほいで可愛い、はじめから知恵があって、天上天下唯我独尊なんかぬかしよったら、どついたろか思うで。」

 

エラ「そういやあ、女もあまり賢い女は可愛げがないわな。今はフェミニズムの時代やさけ、今のはオフレコやけど。賢い女にはまた別の魅力はあるけど。(あのわては中世の人間だっさけい、女性差別やゆうて怒らんといてな、作者の考えとは違います、念のため。)」

 

モリア「まああんまりない知恵絞って賢そうにしてたら、脂気が抜けてもてかさかさになってしまうわな。女の肌が男よりずっと柔らかですべすべしてんのは、男みたいに仕事で神経すり減らしてへんからや。でもこれからは女も男とおんなじ様に働らかなあかん時代やさかい、女の肌も荒れるやろな。それに女が男より頭が悪いなんて迷信なんよ。どんどん社会に進出すればええんよ。」

 

             化粧品のべつまくなし塗りたくり、肌が荒れぬかそれが心配

 

エラ「そういや近頃の女は、一部やろけど仕事中であろうが、授業中であろうが、電車のなかでも四六時中化粧しまくってるけど、それだけない知恵つかって肌荒れしてるからやろか?」

 

モリア「あれは馬鹿女がしてるのよ。塗れば塗るほど醜いのに、少しでもましにしょうと無駄な努力するから、ますます肌は荒れるし、汚くなるばっか。」

 

エラ「ところで政治で立派な国づくりに成功したり。世界平和を前進させたり、大きな事業をやりとげたり、学問で偉大な業績をあげたり、そういう場合にはやっぱり痴愚は邪魔こそすれ、役には立ちまへんやろ。」

 

           シンプルな馬鹿でも分かる原理こそ成就の鍵ぞビッグな仕事

 

モリア「なに聴いとんねん。このアホウ。人間ごっついことやろと思うたら、それに馬鹿になって没頭せなでけへんのやぜ、それにものごとを複雑に考えたらこんがらがって収拾がつかんようになるよって、できるだけシンプルに一つのテーマに絞り込んで、それを原理にして情熱を傾けなあかんのや。馬鹿の一つ覚えが最高なんや。その方が、人に伝わるし、心を打つもんなんや。」

 

           幻想とうぬぼれなしで生きられぬ、棺桶までも夢を忘れじ


エラ「そいでも、何事か成し遂げるためには現実をリアルに見なでけへんわな。幻想にとりつかれてたら、へまばっかりしてすぐに破綻してしまうやんか。」

 

モリア「現実をリアルに捉えてるつもりがそれが幻想やったことがようあるもんや。逆に夢や幻から出発して、何度も挫折しながら、夢を失わんと追い続けてたら、そこにロマンのあるすごい仕事ができることもあるんや。それにあんまり幻想がなさ過ぎるのも困るで、自分自身や自分の身内や友達に幻想をもってるから、お互いに尊重し合い、助け合って充実した人生が送れるんやんか。もうとっくに過去の人、終わってると思われた人がいつまでも自分を信じて最後の土壇場で見事な花を咲かせることもあるんや。これは幻想力やな。」

 

エラ「自分の力に合わんことやっても、うまくいかんわな。うぬぼれほどこわいもんはない。身の程知らずの馬鹿では使いもんにならんやろな?」

 

モリア「なにいうとんねん。うぬばれが大事やねんぞ。人間みんな死ぬに決まってるやろ、ほんでもほんまに死ぬ思もたら怖うてなんもできんようになるらしいんや、それがだれでも自分だけは死ねへんと心のどこかで思い込んでるんや。たとえ死んでも生まれ変わるとか、続きがあると信じてんのや。つまり死んでもまだ生きてると思てる。これもうぬぼれの一種やがな、それが支えに生きてられるそうや。それに同一視いうて、自分が駄目な人間や思うても、自分の家族や親戚や友達や友達の友達が偉いやっちゃとなったら。それだけでうれしい気持ちになるもんなんや。つまりうぬぼれの根拠を自分と同一視できる誰かに求めるわけや。アイドルとミーハー、阪神タイガースとファンの関係でもそれは言える。自分は、会社首になり、妻子に逃げられた時でも、親が死んだときでも一滴もなみだこぼせへんかったのに、阪神タイガースが優勝した時は一升瓶抱えて、一晩中泣き明かした男がぎょうさんいたらしいで。辛うじて、人生に花がある、まだ救いがあるのは、同一視した相手のことにすらうぬぼれられるという人間のモリアのお陰なんや。」
 

          老いらくの恋も元気のもとなれば責めたまふまじ見苦しいなど


エラ「そいでも、還暦すぎのええ年齢こいていつまでも若いつもりで、女子中学生の尻を追いかけたり、婆さんが若いツバメを捕まえたろおもて、ベタベタ厚化粧しとるん見ると腹たってけえへんか?気持ち悪うてゲエ出るで。」

モリア「そこがモリアの偉大なとこやがな。これから高齢社会やゆうのに年寄りがそれぐらいの元気がのうてどうすんじゃ。他人はすごい年寄りに見えても自分は実際より二十歳は若こう思とるらしいな。年寄りは自分はもうあかんと思うさかい落ち込んで寝たきりになってまうんや。そこがモリアの力で幻想力を特別に年寄りには強ようしてるから、まだまだいけるいうて七十台八十台の老人たちが老人ホームなんかで老いらくの恋を楽しんでるそうやないか、その方が寝たきりで十年以上家族や施設におむつかえさせるよりよっぽど幸せやないか。本人にも家族にも社会にとっても。」

 

                  一介の大工の息子が人類の罪贖うと言うはモリアか

 

エラ「もう時間ぎれやさかい、また書き直してもらうとして、最後に信仰についてモリアの役割についてしゃべってんか。」

 

モリア「信仰はアンタの専門やんか。ギリシア人に言わしたらキリスト教徒の信仰は痴愚の見本みたいなもんや。そやかて大工の息子が人類のために身代わりに磔にされて死んだからいうて、それでなんで、それが全人類の罪をチャラにつまりなかったことにして、あがなえるねんということや。今まで世のため人のために尽くしたために弾圧で殺された人はぎょうさんいてはるやろ。それでもだれも全人類の罪はチャラにでけへんかった。なんでナザレ村の大工の息子がそんなことできんねん。アホちゃうかと馬鹿にされたんや。ほいでもよう考えたら、人類が救われんのは、そんなモリアなことを信じることによってしかあらへんの違うかということやねん。しゃあからキリスト教ちゅうのはみんなが独善的な知を捨てて素直に信仰の痴愚に帰ることで救われるとする痴愚宗教なんや。」

                                
                                                                                                        未完
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