やすいゆたか短歌集 三〇一〜四〇〇

梅原猛は「海」である

三〇一 大いなる哀しみ抱く母抱き海は語るや命の意味を

賢治の詩と『法華経』的世界観

三〇二 この刹那悠久の時きらめきて空一杯の孔雀羽ばたく

循環と共生そして「ポラーノの広場」

三〇三 舞い踊り歌い明かせやポラーノの宴の空に哀しみの星

太宰治の道化地獄

悪いのはお父さん

三〇四 葉ちゃんは神様みたいにいい子なのただ悪いのはお父さんなの

俺を認めてくれよ

三〇五 俺だって工夫してんだ本当に認めてくれよ少しだけでも

自殺の年譜

三〇六 死にたくて死にたくてなお死にたくて幾度死んでもなお死にたくて


イスラム

三〇七 イスラムの教えは厳しひたすらに神を信じて吾が子捌くや

三〇八 はるかなるメッカを目指す巡礼の旅の空舞う禿鷹の群れ

 

対談 人間論講座

三〇九 ゴキブリが知性体へと進化して殺人剤でヒトを駆除(ころ)すや

三一〇 たとえ身は鉄や鋼で成りたれど胸に燃ゆるや恋の炎も

三一一 身は機械なれど魂宿したる、置き入れたるは神の御業か

三一二 欲望で動く機械にかわらねど言葉操る術(すべ)ぞ習ひし

三一三 戦いで共倒れする愚を覚り、リヴァイアサンを人はつくりぬ

三一四 機械なる人が集まり作りたるリヴァイアサンも機械人間

三一五 神々は自分の姿にかたどりて、アダマ(土)の塵でアダム(人)造りぬ

三一六 イシュ(男)の骨、イシャー(女)と成りて現れぬ、吾が骨の骨、吾が肉の肉

三一七 姿見て声を発して名付けたり、そは言の葉の初めなるかな

三一八 アンニュイをかこちて人は欲望の黒きとぐろの蛇を宿しき    

三一九 楽園を追われて人は鍬を持ち土にまみれて命削るや
三二〇 労働は神が下せし労役か塵に戻りて果てる時まで
三二一 直向に時は流れぬ罪を得て追われし日より終りの日まで

    
二〇〇四年九月一日 
梵我一如
三二二 ドラビダの民が築きし文明も森の怒りに触れて滅びぬ
三二三 吾が魂とコスモスを成す本体と一つなることいかで悟らむ
三二四 プルシャからコスモスすべて生まれきぬ星見る時に吾は星なり
四門出遊
三二五 苦しみのはてなき旅と知りたれぞ果てなむ際には恋しかるらむ
三二六 今日もまた吾を譏りし人に会うときめく人には会えざるものを
三二七 求めてもついに得られぬ苦しみを積み重ねてど老いぬるものか
初転法輪
三二八 哀しきは飢えたる虎か生きむとて人の肉さえ喰らいし人よ
三二九 苦しみのその源をたずぬれば我に拘る心うずけり
縁起の思想
三三〇 綾藺笠探しているうち日が暮れて白髪かきて闇をさすろふ
三三一 縁に触れ全ては起り滅するや生まれし身ゆえ死なざるはなし
四法印
三三二 うたかたは刹那に結び消え去りぬ吾が乗る船もかくのごときか
三三三 物は皆無常の理示したる法と呼びても過たずとや
三三四 涅槃とは欲の火鎮める心にて寂静なるは心安らか
サンサーラ
三三五 御仏はダルマと一つに成りたまひ衆生と共に輪廻重ぬや

九月三日
六波羅蜜
三三六 誰一人悩める民を救えずに、覚り顔なる小乗の僧
三三七 苦界にてもだえ苦しむ民おきて菩薩はなどて浄土愉しむ
一切皆空
三三八 一切を空とさとりて何事も囚われず生く風の如くに
唯識論
三三九 マナ識のその底にあるアラヤ識、幾億年の記憶の蔵かは
仏教的絶対平等
三四〇 塵さえもウンチですらも御仏の慈悲の光に燦ざめくかな

九月七日(火)台風十七号

二十一世紀の人間論の出発点

三四一 近代の終りに立ちて哲学よ歴史の意味と人間を問へ
三四二 考へて働きかけて遊ぶなりどれか一つを選ぶまじきや
三四三 禁断の木の実を取りて罪を得し人ははじめて己に目覚めぬ

三四四 異質なる心と心隔てども語り合えれば共に生きなむ

三四五 近代の知のあり方を問ひ直し、理性批判に如何に応ふや
三四六 人間の身体として捉えなば自然の心吾が心なり

三四七 価値こそは労働と物その区別止揚したるを倒錯なりや

三四八 労働は内に住みたる抽象か、関わりこそが本質なるを

三四九 対象(もの)こそは吾が活動と捉えたる、物となり見、行うなりや

三五〇 ある物が他の物指す性質が人間という意味の大きさ

三五一 国家とは人が作りし機械なり、そは強大なジャイアントなり

三五二 貝殻は貝の身よりも貝らしき貝殻含め貝と見做しき

三五三 客体が主観に自己を定立す、認識論に逆転発想
三五四 粉々に弾け飛び散るその刹那そのインパクト何を生み出す
三五五 ミレニアムはじまりの時人間を問い直してぞいざ生きめやも

九月十四日(火)諸子百家の思想

三五六 古の礼楽復古行ひて天下整へ夷狄払はむ
三五七 人ふたり支えあって生きるには、相手の気持を思ひやりたし
三五八 刑罰で人の心は縛られぬ、己修めて手本示せや
三五九 汝が親の世話を頼むはいずれなる別愛の人兼愛の人

三六〇 血を分けし息子に鞭を振るふのは立派に育ての親心なり
三六一 義のために君に従ふ臣なれば不義を行ふ君を諌めよ
三六二 雌鳥が鳴けば社稷の滅びたり夫婦の別は忘れまじきを
三六三 若輩の上司が部下を横柄に扱ふならば人は得られぬ
三六四 友思ふ信(まこと)の心ありしなばなどて語らぬ血吐く言葉で

 

九月二十六日()

三六五  大都会ビルのジャングル見るたびに、人なりこれもと嘆じたるかな

三六六  雨上がり木の葉に光る露の玉その刹那にぞ生をつかむや

三六七  マルクスとデューイ・サルトルそのいずれ選び択るなど愚にもつきまじ

三六八  疥癬をうつされ悶ふ牢の中三木逝し朝産声あげしや

三六九  三木逝きて悶えの声も静まりぬその苦しみを誰が背負うや
三七〇 精巧な自動機械に魂を置き入れてこそ人となりしや

三七一 魂を実体として捉えなば科学の高木根からくずれむ

対談人間論講座 アダムとエバの人間論

三七二  コスモスをつくりし神をつくりしは、救い求むる人のあがきか

三七三  一条の光さしきて闇照らす、愛がつくりしコスモスならずや

三七四  神々に似せてつくりし人ならば神は愛せり天使にまさりて

三七五  人のため世界つくりし神なれば、人に任せり地上の支配を

三七六  ムツゴロウ人の未来を示すため諫早湾に住み着きにしや

三七七  土くれを湧き出る水でこね回し命吹きいれ人をつくりし

三七八  終末に蘇りして楽園に入りなば待つや麗しき女(ひと)

三七九  見たままを音に取り替へ伝へても、認識までは伝へられまじ

三八〇 吾が骨を取りて生まれし女(ひと)なれば、吾に帰れやいとしの吾が娘() 

三八一  欲望の蛇がいつしかとぐろ巻き、罪にいざなうアンニュイの午後

三八二  智恵の実を食べてはじめて隠せしは性器ならずやかなし性(さが)かな

三八三  何ゆえに人は隠すや秘めどころ、時来たりなば見せむがために

三八四  この罪は女のせいだと男逃げ、蛇のせいよと女はかわす
三八五  這い回り塵を喰らいて生き抜くは、神の裁きや蛇の自由や

三八七  呪われし土は茨を生え出だす、血と汗流しパンを求めむ

三八八 苦しみは土に返らば終わりなむ、塵故にこそ塵にかえらめ

三八九  各々が善悪知らば各々の正義の旗が戦始むや

三九〇  今もなおエデンの園に居残りて帰りを待つや孤独なる蛇

十月十四日()

Sさんのつぎの歌に返歌を作りました。
今ははや、21世紀になりにけり 使いしネタは70年代 梅原 廣松 疎外論

返歌

三九一 若き日に学びしことを捨て去りて、枝葉求めて花が咲くかは
三九二
 生命の共生と循環説かずして、何を語るや統合の世に
三九三
 事として世界と人を捉えたるその意味とはずに新しきことなし
三九四
 自らの疎外見つめよその中に新たな展開つかめるものを

 

ギリシア人の人間観

三九五 この問に常にかえりて苦悩するその営みが哲学なりや

三九六 死すべきは人の運命(さだめ)か、予め決意してこそ真に生くると

三九七 本来が命の水のドリッピー、コスモスめぐり自らを知る

三九八 火と智恵を盗みし神よプロメテウス岩に縛られ内臓抉らる

三九九 パンドラに苦労の種はつきねども希望を育て生きるが幸福

四〇〇 このパンがうまいかまずいかいずれかは人それぞれが尺度なりけり

四〇一 獅子に牙鳥に翼を与えしが人に与える前に品切れ
四〇二 生き残る力を持たず投げ出され、智恵と火ともて危機を乗り切る 

四〇三 謹みと戒めのない人間を生かしておけば国は滅ぶや
四〇四
先を読む眼力だけで論じらめ人を刑するポリス加えよ

四〇五 順逆の道を歩みて迫りたるその闇こそは神も侵せじ

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