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21世紀の人間論の出発点
やすいゆたか
感情の哲学
君は梅原猛を読んでいるか。彼のイメージは海だ。空とか山じゃない。深い哀しみの涙の海なのだ。「海」という字は胸の奥に「母」への思いを抱いている。深海の底近くに「哀しみ」の感情が流れているのだ。猛の生母千代こそ、猛にとって根源的なるもの。二十歳の若さで乳飲み子と引き離され、愛する人とも引き裂かれ、孤独地獄の中で死んでいった、その哀しみの感情が梅原猛の存在を根底から支えている。梅原猛の哲学の根底には哀しみの感情があるのだ。
感情が哲学の原理になり得るか、大いに問題だ。だが、梅原猛の仏教論を読んでいて気づいたことがある。大日如来も阿弥陀如来もその本体は光なのだ。真言宗も浄土教も光を根源的なものとして捉えている。神道の主神天照大神も太陽神、光の神だ。イエス・キリストも世の光、太陽神信仰と融合して冬至をクリスマスとするようになった。おそらくゾロアスター教の影響もあるだろう。善神である光の神アフダ・マスダーと悪神である闇の神ア―リマンの二元論。
光をアルケーとして捉える信仰、この信仰は根源的だ。土・水・空気・火などからアルケーを選択するイオニア哲学よりもっと根源的だ。光は感情としては「慈悲」、「愛」である。それがすべてを生み出す命でもあるのだ。「 三つのL,光Light=命Life=愛Love」を根底にしてコスモスを見るというのが宗教的な世界観である。愛という感情がコスモスを根底から支えているのか、これは祈りにも似た直観ではないのか。
状態性としての世界
愛、憎悪、嫉み、怨念、人間的感情がコスモス(宇宙)を根底から形成しているのか、なんとすさまじい発想なのだ。見られる世界と見る自分、世界と主体が分かちがたい、星空を見る時、大海原を見る時、草原に吹き渡る風の中で、君は世界に溶け込んでいく自分を感じたことがあるだろう。それは世界との融合感情ではないのか。根のところで融合感情が働いているのかもしれない。
それとも対象としての事物、それぞれ別々の事物から世界が構成されていると見なすのか、それなら世界はあくまで君の他者にとどまるだろう。自然や社会を冷静に、客観的に把握するのなら、その視点も大切だ。諸事物の連関として科学的に説明することをおろそかにすべきではない。
でももし君が、世界を自分が見ている世界として、そのまま受け止めたなら、哀しみの感情も含めて、世界を君自身の置かれている状態とみなすこともあるのではないか。西田幾多郎は、それを「純粋経験」として語った。三木清はこれを「状態性」として捉えたのだ。そこでは花を見るとき君は花。星を見ていると君が星になっている。空海は大自然の中に道を求めた。室戸の空と海が一つになっているのを見て、自分を空海と名づけた。
「事物」、事物といえば、それは果して君の外部にあるのか、意識から自立した本体を持つものなのか。だが待てよ、その事物の形や色や大きさなどは、それぞれは主観の意識に他ならないではないか。それらの意識を統合して、事物と見立てている。その上で、個々の意識を自立した事物の属性だと捉えているのだ。それなら逆に、客観的な事物と見えていたものも、実は主観の意識の状態性であった、こう捉え返すこともまた可能ではないのか。「物と成って見、物と成って行う」と西田幾多郎は行為的直観を表現したが、その時、花や星や空や海に成り切っているのだ。
人間、それは個体的な身体でしかないのか、人間が個体的な身体でしかないなら、物も個別の身体と同様に個物としてしか捉えられなくなってしまう。君は私ではないし、私は君ではない、星空を見ても君は星空ではない。そこに花火あがってもそれは君ではない。でも人間を状態性において捉えるとしたら、世界も自己の状態性として捉えることになる。そのとき「物」は交渉的存在として、人間学の対象になる。君は私だけの君になるし、私は君だけの私だ。その時、君の星空が輝き、君の花火が胸を焦がす。だったら物が人間の状態として、人間を構成していることにならないか。
実践としての事物
事物は実は人間の実践だと見抜いた男がいた。近代で一番のお騒がせ男だ。一番ビックな男と言ってもいい。1845年、若きマルクスは『フォイエルバッハ・テーゼ』でこう記している。「従来のすべての唯物論の主要な欠陥は、対象、現実、感性がただ客体または直観の形式のもとでのみ捉えられ、感性的な人間的活動、実践としては捉えられず、主体的に捉えられていないことである。」
この場合の「対象」は意識の対象なので「事物」のことだ。例えばここにチョークがある。これは事物として捉えられている。でもどうしてこれはチョークなのか、黒板にこれを使って字を書くという実践に、この石灰で作ったちいさなの棒がとても便利だからである。もし黒板に字を書くという実践がなければ、この小さな石灰の棒はチョークではない。だからチョークは黒板に字を書く行為を、この石灰の小さな棒の属性として捉え返したものなのである。例えば背広、この布切れが背広なのは成人男子がオフィスなどの職場で着る上着の型が決まっていて、ネクタイやワイシャツと組み合わせる開襟の型になっている。そこでそういう型の服装をして働くという実践を特定の上着の属性としたのが背広である。
このようなマルクスの立場は実践的唯物論と呼ばれている。事物の把握は主体的だ。人間観に革命をもたらす可能性を内包していた。これはまさしく人間観におけるコペルニクス的転換だ。人間の外にあり、人間とは別物と思われていた事物が、人間の主体的実践として捉え返されたのだから。
「貫徹された自然主義は貫徹されたヒューマニズムであり、貫徹されたヒューマニズムは貫徹された自然主義だ」
これもマルクスの言葉だ。1844年の『経済学・哲学草稿』にある。そして自然は人間の非有機的身体だという。「非有機的」とは人間の身体と器官としては繋がっていないという意味だ。器官としては繋がってなくても、自然は道具のように人間の身体の延長だというのだ。「自然環境は交渉的存在として人間の身体だ」、田辺元もそう言っているらしい。
事物が主体の実践だとしても、その事物は、主体の身体だとまでいえるのか。次元が異っていないか。マルクスは身体主義にこだわっている。そのあまり、身体でないものを身体に含めたのではないか。これでは論理的な矛盾に陥ってしまっている。自然的・社会的な諸事物を主体の実践としたので、事物が人間の状態になった。その上、人間が身体だということにこだわると、事物を身体とつながったものとみなすことになる。それで人間身体に含める他なかったのだ。
実際事物には身体と器官的には繋がっていないけれど、身体と見分けがつかないものも多い。髪の毛は身体の一部だが、爪は貝の貝殻と同様、分泌物の塊りだ。蜘蛛の糸も蜘蛛の体ではない。蓑虫の蓑は蓑虫の住居であって蓑虫の体ではない。蚕の繭もそうだ。
人間は体毛が少ないので、衣服を体毛代わりに纏っている。手の機能を増幅する道具を身体の一部のように扱うので、道具は手の延長とみなされている。貝が貝殻を、身体とみなすのなら、鳥の巣やビーバーの水中家屋も身体とみなせるし、同じ理屈で人間の様々な建造物も人間の身体ということになってしまいかねない。その極論が空気や水を含む環境世界全体を身体と見なす議論なのだ。これでは身体と身体外の事物の区別が無意味になってしまう。
身体に含まれない事物が、人間に含まれるとすれば、身体でないものまでも人間だということになる。事物を身体の延長だとしておけば、主体が身体の器官のようにそれを支配できる気になれる。だが身体外の事物ならば、それをどのように自己の一部として統御できるのかという難問を抱えこんでしまうのだ。
元々、身体でない事物を主体の実践として捉えることに意義があるのではなかったか。とすれば、事物を身体として捉えるいわれもなかった筈だ。人間を身体的な枠内に押し込めることに無理があったのではないか。身体外の事物を非有機的にせよ身体として捉え返すのでは、人間観の転換は不徹底だ。この転換がコペルニクス的転換になるのは、身体外の事物を含めて環境を人間として捉え返してこそである。
ユクスキュルの環境世界
ユクスキュルの『生物から見た世界』、この書物が「人間観の転換」をもたらすのだ。ハイデガーの『存在と時間』の成立に、フッサールの現象学と共に大きな役割を果した書物だ。「世界―内―存在」というキーワードをハイデガーは使っている。ただし世界が先に在って、そこに主体が入っていくというのではない。世界自体が主体の存在のあり方なのだ。
猫には猫の、蚤には蚤の、海胆には海胆の、固有の「環境世界」がある。人間から見れば、凡ての生物に太陽は環境として存在する筈だが、視力のないモグラには太陽は存在しない。それぞれの動物に固有の感覚表象によって、それぞれの環境世界は構成されているのだ。「猫に小判」というが、小判は猫にとっては小判ではない。猫には猫的感覚表象しか存在していないのだ。ダニにとっては数種類のダニ的感覚表象がダニの環境世界を構成しているのである。
ダニは哺乳動物の汗に含まれる酪酸にのみ反応して覚醒して活動を開始する。その場合に人でも猫でも犬でも同じである。つまり酪酸に反応しているだけである。酪酸に惹かれて動き出し哺乳動物にくっつき、毛の間を潜り抜け、膚に達して、体温を感知して針を差し込んで、血を吸い上げる。だから知覚表象としては酪酸の匂い、毛の触覚、温感があるだけである。
このユクスキュルの議論を社会的諸事物を人間と見なしても良いかという議論に応用したいのだが、その前にビーバーで肩慣らしだ。ビーバーの世界には、ビーバーダムと三階建ての水中家屋がある。そのダムにはビーバーの好物の魚が飼育されている。大きな鋭い前歯と平たい尻尾、ビーバーの体の特徴だ。だが、ビーバーの前歯からビーバーのダムや家屋が演繹できるわけではない。ビーバーの身体とビーバー的諸事物、それらは互いに交渉的存在として規定し合っているのだ。
ビーバー的諸事物はビーバーの環境世界を作っている。その中で共生と循環を実現しているのだ。その中心はビーバーの身体だが、その他のビーバー的諸事物も不可欠の要素となって、ビーバーの環境世界が構成されているのだ。それらをビーバーの身体に含めるよりは、ビーバーの身体をビーバー的諸事物の中の中心的事物と捉える方が無理がない。
身体だけでなく、ビーバー的諸事物のどれもが、ビーバーの定在なのである。そう「ビーバーの定在」であるもの、そのどれもがビーバーを指示している。ビーバーの身体・ビーバーダム・ビーバーの水中家屋エトセトラのどれもがビーバーの現れであり、それらを素材にビーバーを構成すればいいのだ。その場合に、特にビーバーの身体だけがビーバーであり、その他のビーバー的諸事物はビーバーではないことに固執してはいけないのだ。そうした固執が身体主義的な枠に思考を閉じ込める。それでは共生と循環の哲学からのビーバー観には到達できない。
ビーバーの身体だけがビーバーだ、ビーバーダムや水中家屋はビーバーじゃないと見なそうとする人が多い。しかし我々がビーバーを他の動物と見分けるとき、何に最も注目すべきなのか。身体的な特色なのか。たしかにビーバーの歯は目立っている。だがビーバーダムや水中家屋もビーバーの特色をよく現しているのだ。
「カテゴリーとしての人間」論
「人間の本質は何か」と問われれば、多数の人々は「考えるということに於いて特に優れていること」を挙げるだろう。たしかにヘーゲル哲学の思弁の見事さには舌を巻くし、アインシュタインの「相対性原理」の難解さにはとても近づけない。
他の動物も知能を働かせて考える。高等動物は熟慮までするとホッブズは指摘している。とはいえ主語・述語構造を持つ言語を使って理性的に考えることはできまい。だからホモサピエンス(理性人)としての人間観は、本質論的な人間理解としては正しい。同様に労働を人間の本質として捉えるのももっともだ。人間が作り出し、積み上げている富や文明が人間の何たるかを示しているのだから。決して択一問題ではないのだ。
パスカルは人間を本質論だけでなく存在論としても論じた。人間は悲惨と偉大の中間者であり、その間を動く動性だというのだ。このように状態性で人間を捉える存在論的な人間論の面を、三木清は『パスカルにおける人間の研究』で注目した。そのさい身体のみならず、環境世界を構成する諸事物は交渉的存在として捉えられる。そういう事物も人間の実践として捉え返えされて、人間の状態として存在論的な人間学の対象になったのだ。
かくして身体だけでなく人間界を構成する交渉的存在のすべてが、人間の定在として捉え返されることになった。既成の人間観では身体の枠内で人間が捉えられてきた。しかし今や、人間的諸事物の全てが人間界を構成する人間の定在だとされるのだ。こうして人間の範囲が身体の限界を超えて広がることになる。この新しい人間論は、本質論的人間論や存在論的人間論と区別して「カテゴリーとしての人間」論と言えるだろう。
つまり人間とは何かを、どんな優れた特長や欠陥を持つかとか、どんな境遇にあるかという問いではなく、人間というカテゴリーは何で、それに含まれるものは何であるかという問に答える人間論が成り立つということである。
「人」と「人間」
人は猿科の動物だが、人間は動物の一種ではない。生物学的人間論では駄目なのだ。異星人を思い浮かべよ。たとえ異星人が生物だとしても、それは猿科の動物とは限らない。君は手塚治虫の『鳥人体系』を読んだか。鳥の知能が発達して、理性を持つようになれば、それでも立派に人間なのだ。生物学的に見れば人工機械人間つまりロボットは生物に含まれない。だが自己意識ある生活主体になることができれば人格的存在である。その場合は人格的個人と認めていいのではないか。これは将来人類史上最大の問題になりそうなテーマだ。代表作『鉄腕アトム』で彼はこのテーマと格闘している。
「人」という言葉と「人間」という言葉とは区別して遣うべきだ。「人」を猿科から進化した知的能力の高い二足歩行動物と定義し、「人間」を理性の発達した自己意識を持つ存在と定義しなおすことが出来る。
生物学的に人の特長を備えるように進化しても、それだけで人間の特長を備えていると断定することはできない。二足歩行するようになった猿人を直ちに人間的特長を備えた存在とみなすのは早計なのだ。
そこで人間の起源が問題になる。宇宙の起源、生命の起源とならんで人間の起源は大いなる謎である。「人」の起源は、二足歩行と手の発達、手の延長としての道具の使用などが目安だろう。「人間」の起源となると、人間の定義が明確でないと何ともいえない。思惟とならんで労働を本質だと考えるのも有力である。
では労働の定義とは何なのか。動物だって様々に自然に対して働きかけているのだ。日日の食糧採取活動だけでなく、巣造りから子育てまで、先ほどのビーバーなどはダムまで造り、それを立派に管理している。
人間の労働とは、手の延長の道具を使った作業であると、『猿が人間になるについての労働の役割』でエンゲルスは定義している。動物たちも自然を多少なりとも加工して、利用している。その対象が手の延長だというだけで、種類的にはたしかに飛躍的に多くなるにしても、そのことによって動物が人間になるほどの画期的な変化といえるのだろうか。
そこで目標を設定して、それを実現するために対象を変革する活動が労働だという、マルクス『資本論』の労働過程論の定義がある。ということは労働は自然の法則性を認識し、それを利用した理性的な活動だということになる。やはり人間の本質は理性にありということになるのだ。理性的に考えるには、言語を使った思惟が必要である。ということは結局、言語の起源を人間の起源として追及すべきだということである。
言語起源論
そもそも、言語とは何か、その定義がはっきりしていないと、動物だって言葉を話しているのだと言われそうだ。しかし動物語と言われているのは、身振りなどの動物信号なのだ。人は直立によって咽喉が発達し、複雑な発声が出来るようになった。人はそれを信号に大いに活用した。この音声信号を言語だと定義すると、猿人・原人・旧人などの段階で言語が使用されていたことになってしまう。
言語の定義があいまいだと、それによって人間を特色付けることが出来なくなってしまう。音声信号と言語との区別は、この区別立てによって、人間の本質がはっきり示されるような定義である必要があるのだ。それで私は言語を「主語・述語構造を持つまでに発達した信号体系と定義」している。
言語は労働過程から発生したという議論が有力だ。労働過程おける指示行為や表象の模倣的伝達などのコミュニケーションから説明している。だが原始的な労働過程での情報伝達の内容は、身振りや音声信号の域をでないのではないかと思われる。言語起源論といわれるものの多くが、状況を模倣し、指示する、身振りや音声記号の成立の謎解きにとどまっているのである。
音声信号と言語との明確な違いは何か。言語を音声信号の枠内で捉えている限り、言語の定義はできない。言語は音声信号に含まれる部分もあるが、文字信号に含まれる部分もある。言語は単なる信号ではなく、その内に思惟を含んでいるのだ。判断を含んでいると言った方が分かりやすいかもしれない。
それはそうだろう、言語を我々が動物信号と区別するのは、言語が人間と動物を画期するものと捉えているからだ。言語とは何かを定義する行為自体が、人間と動物の画期を考える行為なのだから、それを忘れてドリトル先生のように、動物信号一般や音声信号一般を言語と定義してしまっては何にもならない。
言語が思惟(判断)を含むということは、ようするに「〜は……である。」とか「〜は……する。」という主語・述語構造を言語が持っているということである。未開的な言語ほど主語・述語構造がはっきりしないので、言語それ自体が主語・述語構造を持たないでも成立するかのように誤解されがちである。それでは動物信号との区別は曖昧になるだけだ。
言語は労働過程から生じた筈だと思い込んでいる人が多い。労働を人間の本質とする人間観にこだわるあまりのことだ。この思い込みは危険である。人と人間を区別しない誤謬と結びつくと、猿から人に進化した段階ですでに人間的な労働していたことになる。その段階ではまだ言語は成立していない。原始的な労働は、言語以前的なコミュニケーションに基づいていた。だから言語に孕まれる主語・述語的な対象認識に基づいていないものでしかなかったのだ。
主語・述語的な対象認識とは何か。言語は表象をそのまま表象として伝達するのではなく、表象を解釈して、対象的な事物について、それは何々であるとか、どうしているという形で、説明しているのだ。主・述構造を持たなければ、表象を音の信号にかえて伝達しているにすぎない。それは生理的な状況を共有することによって、相手にその状況に応じた条件反射を促すものに過ぎないのだ。それに対して、主・述構造を持つ言語では状況を客観的な事物の性質や状態や運動として説明している。一つの主語に対して述語はいくらでも追加できる。それで認識は飛躍的に豊富になり、法則性の認識を可能にしたのである。
驚くべきことに言語が成立する以前には、世界は事物から構成されたものとしては認識されていなかった。つまり動物段階では世界は生理的な刺激と反応として意識されていたわけである。客観的な事物はいったん生理表象に置き換えられていたのである。ビーバーの環境世界にはビーバー的事物があると言ったが、それは客観的にはそうであっても、ビーバー自身の意識としてはビーバーの家屋やダムは事物として意識されているのではないのだ。あくまで生理的表象なのである。
それに対して生理的表象を人間段階では言語によって、客観的な事物の運動や事物間の関係として読み解いているわけである。こう解釈してはじめて言語の起源が人間の起源を意味することがわかるのだ。それは動物的な生理的表象の世界から、人間的な事物認識の世界への大転換なのである。
私は今わざわざ「驚くべきことに」と言った。哲学は驚きから発するとアリストテレスは語ったそうだ。ダーウィンは動物と人間の差異を全て量的差異に還元した。動物も人間も考える、ただ動物は単純にしか考えられないだけだ。しかし人間だけが文明を築き上げたと言うことは、そこに驚くべき質的な差異があった筈で、その違いをはっきりさせなければ、我々は人間について何も知ったことにならない。
人間商品論という冒険
「交換こそが人間の起源だ」、こんことを突然言われてもだれも納得しまい。私はついに知ってはならない秘密を知ってしまったのかもしれない。三つの謎がある。宇宙の発生、生命の発生、人間の発生だ。この三つの謎を解くことが、科学の最大の課題であると考えられていた。これらの謎は科学の力で実験的に宇宙や生命や人間を発生させない限り、完全には解けたと言えない。
宇宙は発生させるわけにはいかない。ビッグバン仮説で、膨張しつつある宇宙の起源を空想するしかない。膨張と収縮の繰り返しかもしれない。生命の起源に関しては、生命が発生できる環境の再現と、最初の生命の本になっていた高分子化合物を合成できるかどうかにかかっている。これもなかなか困難なようだ。それに地球生命の元は暗黒星雲から隕石に混じってやってきたとも言われている。
人間の起源が言語によるものだとすると、類人猿に言語を習得させて人間に進化させることが出来るかもしれない。ボノボを使ったこの実験ではかなりのボキャブラリィを使用できるようになったようだ。しかし言語の起源を説かなければ、本当の人間起源論とは言えない。
私は、交換によって人間が成立したという仮設に到達した。事物認識を内包する言語も交換によって成立したと考えている。労働過程ではなく、交換過程に人間の起源を求めるのである。それは人間の歴史的本質をよりによって商品性に求めたことによる。君の何をトンチンカンなことを言ってるのだという呆れた表情が目に浮ぶよ。
私は正直言って、交換による人間起源論は大いに不評を買うに違いないと思っていた。何故なら人間は商品であるという人間商品論が先ずあって、それで人間の起源を商品交換の発生に求める議論だったからだ。普通は、商品性が全面的に発展し、生産された財が全て商品として流通するようになるのは近代資本主義社会においてであると捉えられていた。それ以前は人間社会における商品流通の意義は限定的であり、副次的なものだと考えられていたのだ。だから商品性に人間の本質を認め、商品交換の発生が人間の起源だという議論など、とんでもない暴論のように見られるに決まっていたのだ。
そもそもマルクス以来の現代ヒューマニズムは、近代における資本主義の発展に伴う労働力の商品化を、人間が非人間化することとして告発していたのである。現代ヒューマニズムにすれば、人間は本来自由な主体なのである。労働力の商品化は自由な主体である人間が物に頽落し、自由を失い、物として売買され、機械の部品となって酷使され、搾取されることだとみなされていた。従って人間を商品だと主張するのは、人間を物化された、非人間化された姿で捉えることである。それは本来の人間性に対する冒涜だ。こう大反発されることは覚悟の上で私はあえて「人間=商品」論を展開したのだ。それは古代奴隷制の時代に、「人間とは本来奴隷である」と言うようなものではないか。そんな主張をすれば、奴隷からも自由人からも怒りを買ったに違いない。案の定私の「人間=商品」論は「大阪商人的唯物論」という誤解をかってしまった。
ともかく人間商品論はとんでもない暴論と見られていた。ところが、今や東西冷戦は終焉し、社会主義世界体制も崩壊して、マルクス主義の思想的ヘゲモ二―が無惨にも崩壊した。商品経済や価値法則の普遍性が圧倒的に知識人の間で承認されている現在において、人間の本質を商品性に置き、価値法則を原理に人間関係を捉え返す議論は、未だに暴論であり得ようか。かえって陳腐な当たり前の常識的議論に聞こえるかもしれないのである。
疎外された現実との対峙
「人間=商品」論がどうして形成されたのか、若きやすいゆたかを振り返ってみよう。そんなプライベートなことは気が乗らないかもしれないが、付き合ってくれたまえ。
労働力の商品化とは何か、これまで生産物が商品として取引されていたのが、とうとう売るものがなくなって、人間の本質的な能力である労働力まで商品化してしまう事態である。人間が商品にまで頽落することだ。人間が物になってしまうことなのだ。
労働力が商品化され、資本の支配のもとに置かれると、労働は強制された労働になり、その生産物は、労働者から疎外されて、労働者にとって外的な富となって、労働者に敵対し、労働者を支配するようになる。マルクスは1844年の『経済学・哲学草稿』で自己疎外の論理を展開していた。120年後、大学1年生になった私は、このマルクスの自己疎外論に強烈に惹きつけられた。
疎外論の何があれほど私を惹き付けたのだろう。自分で自分の首を締めているという論理が腑に落ちたのだろうと思う。それまで労働者は資本家に搾取されて、窮乏化させられているという論理で資本の搾取と蓄積を理解していた。悪いのは資本家で資本家と戦わなければならない、圧制と搾取から人民を救い出すという発想だった。ところが自己疎外の論理では、資本を積み上げているのは労働者自身であり、資本は労働者自身の疎外された姿なのである。資本家も労働者の疎外の人格化にすぎない。
労働は元々自分の能力を発揮し、自己を実現する行為だろう。だからその成果は自己の生命の発現なのだ。獲得された自然は、主体の可能性をさらに膨らませていく。ところが現実はどうか、労働は本来自己実現活動なのに、それが自己喪失活動となり、その成果は疎外された資本として労働主体に敵対してのしかかってくる。どうしてそういう結末になってしまうのか、それはこの労働過程が他者によって支配されているからである。しかしこの他者の支配というのも、労働者自身が自己を疎外している結果なのだ。常に自分に主体としての責任が帰ってくる構造になっている。
とはいえ疎外構造は主体の決意次第でどうにでもなるような脆い体制ではない、いったん出来上がった疎外構造は主体から自立し、巨大な生産機構となり、主体をその中に包摂してしまう。しかしその巨大な機構もすべて労働者の疎外された姿であるとすれば、労働者ひとりひとりが、この自己疎外の構造を反省し、疎外から自己を取り戻そうと自覚することによって、疎外構造を自己実現の構造に変革していける筈である。
それに疎外されているにしても、人間は商品社会においては、商品性を自己の経済的な存在のあり方にしている以上、好むと好まざるに関わらず、貨幣を尺度にする商品価値を自己の経済的本質として存在しているのだ。だから商品的な価値意識の基底に据えて生活をせざるを得ない。
「価値」という言葉は、元来が商品的な価値が語源なのだ。しかし、経済的価値に翻弄され、苦しめられている人々は、経済的価値意識に反発して、真の価値を真善美や聖性などの精神的価値とするようになり、元々価値といえないものまで価値に含むようになったので、価値を正しく概念把握できなくなっているのだ。
莫大な資産を持たない限り、自己の労働力を商品化して毎月の生活費を稼ぎ出さなければならないのである。それに伴い、剰余価値を搾取され、失業の危機に曝され、窮乏化の必然性があると『資本論』でマルクスは分析した。
もちろん個々人の力は微力だ、だから団結し連合して、労働者は地位向上に取り組まなければならない。その場合に個々人がどれだけ労働を自己の生命発現として獲得しようとしているのかが問われる。疎外に立ち向かって、労働の中に自らの生きがいを求めるような主体性、そして主体性に基づく創造的な活動が求められているのだ。その創造性の発揮によって、疎外の中でも疎外に負けない生き方ができる筈なのだ。
やすいゆたかの大地震
私の父は小学校の教師だった。父は書道家に成りたかったこともあり、漢字の起源に興味を抱いていた。それで国語の教材として、白川静の『字源』を取り入れた漢字練習帳などの資料作りに創意工夫を凝らしていた。当然父は教育という仕事が生きがいで働いているのだと、私はごく単純に信じていたのである。いきさつは忘れてしまったが、父はこう呟いたことがある。「自分の子供を育てるためでなかったら、どうして仕事なんかするものか」と。生徒たちのために仕事をしている筈の父が、自分の子供のために働いているのだと言う。なんと私は父を自分のために働かせていたのか、そんな馬鹿な。これは私にとって大地震であった。
父は師範学校出身で教師になるための教育を受け、家でも学校の仕事を持ち込んでいた。母は中学校の教師だった。母の元には教え子がときどき夜遅くまで相談にやってきたりしていた。だから私は、こう考えていた。両親は教育に自分の生きがいを見出し、生徒たちを立派な人間に育てるためにのみ働いているのだと。だから教師の給料は労働の対価ではなく、教師として生きていくために国が支給する生活費であると考えていた。そこに商品関係などを見るのはとんでもない冒涜である。教育者は決して金のために働いているのではない筈である。私は両親が教師をしていることについて、そのことだけは誇りにし、信じていたのである。
教育現場にも様々な矛盾や疎外があるだろう。しかし教育者は少なくとも自分は生活のために働いているのではなく、教育のために働いているのだという自負をもつことによって、労働を切り売りする労働者のような自己疎外に陥ることはない筈だ、これは私の信念であった。その見本が私の両親だったのだ。
父の一言が、私の信念や誇りに深傷を負わせたのだろう。教師も所詮賃金労働者である面も認めざるを得ない。一介の平教員が自分の思うような教育などできるものではない。たとえできたとしても、生活者としての自覚を持たない限り、続けていけるようなものでもないのである。家族の生活を支えるために教育委員会に労働力を切り売りしている労働力商品なのである。
では教師も搾取されているのか、学校教育がどれだけの価値生産に相当するのか計算できないので搾取量も計量できない。それでも戦後教育の高度経済成長に果した役割は大であるから、給与水準が民間企業に比べてあまり高くはなかったので、総体とすれば、搾取量は大きかったといってよいだろう。最近は学力低下が深刻な上、給与水準も公務員の優遇が目立つから、搾取されているどころではないかもしれない。
家族形成者=生活手段の所有者=賃金労働者
教師ですら労働力商品としての自覚を持たざるをえないのだから、他の公務労働者も同じ事だろう。家族を形成している限り、生活費を稼ぎ出さなければならない。生活手段の所有をしなければ生きていけないわけである。そのために自分で売るものを生産していないのなら、労働力を売って、賃金を得るという構造になる。それは資本主義だけでなく、社会主義社会でも全く同じ事である。
1960年代のソ連社会は「社会主義」経済としての成熟期を向かえ、市場経済が発達して、消費面でも充実してきた。そこでは資本主義と同様の家族形成者=生活手段の所有者=賃金労働者の存在構造が見られたのである。従って労働力商品であるところからくる疎外は、ソ連社会でも当然あったのだが、オイゼルマンは『歴史的概念としての疎外』という論稿で、「社会主義」経済では労働力は商品ではないから、搾取もなく、「疎外」概念を適用すべきではないと論じた。
しかし労働者が疎外を労働争議で表現する自由がなかっただけだ。1970年代には軍拡競争の圧力もあり、停滞の時代に入って体制崩壊に向かうことになる。それは実態としては国家資本主義であり、共産党の恐怖独裁体制だった。その下でのノーメンクラツーラという特権階級の支配が固定して、全社会的に労働意欲が低下して技術革新ができなくなってしまった。だから全く疎外の徹底した社会だったのである。
1960年代末、私はまだ学部学生だった当時だ。社会主義経済においても労働者は生活手段の私有を基本にしている限り労働力商品だという説を、私は確信していた。しかし当時はマルクス経済学の学者でそれを主張している者はほとんどいなかったと覚えている。
要するに労働者は資本主義でも社会主義でも家族生活を営むために、生活手段を獲得しようとすれば、労働力を売らなければならない。自己の能力である労働力を商品にするわけで、そこで人間自身の商品化としてヒューマニズムからの告発を受けることになる。
労働力の商品化は、人間自身の商品化だ。だから人間を物や品物として扱うのでけしからぬことだと糾弾された。しかしそれなら、それ以前の労働生産物の商品化は、人間の商品化ではないのだろうか。労働の成果である生産物の商品化も、人間の労働の対象化されたものが商品になることである。対象化されてから商品になってもやはり労働の商品化ではないのか。労働生産物の商品化が人間の商品化だとしたら、人間の商品化は未開社会まで遡ることになってしまう。そしてもしかして、労働生産物の交換つまり商品化によって、人間が他の動物から完全に断絶して、人間になったのだとしたらどうだろう。つまり人間が元々商品なら、ヒューマニズムによる人間の商品化批判はナンセンスだということになるのだろうか。
生産物の商品化
やはり疎外の起源は生産物の商品化まで遡るべきだ。マルクスの『経済学・哲学草稿』の「四つの疎外」の論理を使って、生産物の商品化を考察してみよう。
@「生産物からの疎外」−人間が作り出した物が自立する。そればかりか、敵対的になって、作り出した者を支配するのである。これが「生産物からの疎外」だ。生産物が商品化すれば、それは作り出した者の他者になる。つまり所有者が移動し、最終的に他者よって消費されることになる。その他者のために労働を支配されていることになるのである。とはいえ労働はまだ指揮監視されているわけではない。他者のために働かされているだけである。もちろんそれが嫌なら商品にしないで自分たちで消費すればよいのだが、他者から提供される商品と取りかえるためには、我慢するしかない。
A「労働における疎外」−人間は労働で自己の能力を存分に発揮する。だから労働は自己実現活動である筈だ。その労働が疎外されているので、労働している間、自分の時間が、自分の生命活動が奪われているのである。つまり自己喪失活動になっている。それは労働が自分の自由な意志に基づくものではなく、強制されたものだからである。
生産物が商品化される場合、原理的には何を作ってもいいわけだけれど、交換によって手に入れたいものがあるのだから、それに値するだけの需要と価値を伴うものでなければならない。従って、そういう市場の意向にそったものを作らなければならないという形で制約されている。
B「類的本質からの疎外」−労働は人間の類的本質だ。つまり労働を行うということが人間の特長なのである。動物たちもさまざまな自然獲得のための仕事をしているが、それは予め身体にインプットされている様式に基づいて本能的に行われている。もし動物が人間同様に生産の様式に改善を加えようとしたらどうなるのか。環境が変化するような場合に動物も適応のために行動様式を変える場合がある。それは目的意識的な対象変革としての労働ではないのか。
その適応の結果、動物は自己の身体を進化させ、別の種に成ってしまうのである。人間の場合は道具の改良となるので、身体は元のままである。人間の進化は道具や生産物の中に現れるので、その積み上げとして文明が生まれたのである。
この労働という類的本質から疎外されるとはどういう意味か。マルクスは人間の本来の生命発現が労働だという。例えば鳥が空を飛ぶのが、鳥の鳥たる所以で鳥に相応しい生命発現である。蟻はせっせと食糧を地下倉庫に貯蔵するために運んでいるのが、蟻らしい。それと同様に人間は労働しているのが一番人間らしいということである。だから家庭で団欒をしたり、街で遊んだりするのは労働の休息であり、明日の労働のために英気を養うためである。ところが、労働が疎外されていると、働くのは第一の欲求ではなくて、あくまでも生活のための犠牲になってしまう。これではあべこべだというのである。
労働が第一の欲求である筈だというマルクスの議論は、大変私の気に入った。自由な自発的な労働なら自分の本領が発揮できる自己実現行為なのだから、なによりもやりたいことである。大工さんは家を建てる腕前を持っているのに、不況で注文がなかったら、生きている甲斐がないと落ち込むだろう。プロ野球選手になっても、試合に出場できなければ、これほど辛いことはない。
ところがその労働が疎外され、管理されて極端な単純な機械的作業となったり、自分の能力や個性が活かせない作業だったりすると、いやいや働くことになる。あくまでも生活費を手に入れるための自己犠牲になってしまうのである。アダム・スミスの労働価値説はお互いが、できるだけ少ない労働時間で、できるだけ多くの労働の成果を手に入れようとする結果、等しい労働時間の生産物が交換されるような法則性が成り立つと、投下労働価値説を論証したが、これは労働を犠牲とみなす典型的な説である。
マルクスはスミスの労働価値説を疎外された労働の立場として批判している。しかしマルクスも労働が疎外されている以上、そのような価値法則が成り立つことを認めざるを得ないのである。しかも労働が疎外されるのは、実は労働の成果を生産物の交換という形で流通させるシステムに原因があるのだ。つまり交換というのは私的所有を前提にしている。
労働時間を価値とすると、より多量の労働時間の生産物をより少量の労働時間の生産物と交換していくと、次第に自分の所有する価値が減少していくことになる。そこで互いにより少ない労働時間でより多い労働時間の生産物を支配しようとするようになり、他人のために多くの労苦を提供することを犠牲としかみられなくなるのである。
C「人間からの疎外」−労働が第一の欲求から最大の苦役になり、働くために食べるのではなく、食べるために働くという類的本質からの疎外に陥ったのは、その背後に人間からの疎外があるからなのである。つまり人間同士が互いに疎遠な他者として対立し、支配しようとしているのだ。生産物の交換は、物の交換という形での相互支配なのである。相手の労働生産物を所有し、消費するということは、相手の労働をその生産物に投じられただけ支配することに他ならない。その代わり自分の労働生産物を相手に提供して、自分の労働を相手の支配にゆだねるのだ。
労働生産物の交換は社会的分業の一形式であり、相互の助け合いである。交換によって形成された協業と捉えられないのかと疑問に感じられるかもしれない。しかし何故交換形式になったのかが問われなければならない。交換以前には人々は共同体の内部でのみ物資を交流しあっていた。共同体は人口の増加に伴い、いくつもの親縁共同体に分かれて広域の物資の交流を行っていた。彼らはもともと身内としての一体感が強かったので、そこではプナルア婚が結ばれ、物資の交流は性的結合を伴っていたのである。したがってこの交流が損得の駆け引きを伴うようなものではなかったのである。
ところが様々な事情から無縁の共同体相互の物資の交流が必要になった。しかし習俗や音声信号や体臭なども全く異なる部族間では、顔を突き合わせるとどんな不測の事態が起るか分からない。そこで最初は境界に物資を捨て合う形の物々交換が起ったのである。これが互いに他者として関係しあう最初の段階であり、人間の第一歩なのである。その意味で交換の発生による人間の成立は、人が生産物を商品化することによって人間になったことを意味する。それは人が商品性を持つことによって人間になったということに他ならない。
交換の論理と人間の起源
交換発生以前には、他者という観念がなかった。だから他者に対する自己の観念もない。刺激にさまざまな感覚的表象として現われ、それに対して条件反射を積み重ねて、どのような生理的表象に対して、あるいは生理的表象の変化に対して、どのように反応すれば環境に適応でき、欲求を充足できるのかを習得していたのである。その段階で智恵というのは、最も的確に状況を見極め、最も有効な反応を引き出すことである。
物々交換は無人の交換から始まる。自分たちには剰余だが、相手には不足していさそうな生産物を境界に捨てて、相手がそれを拾得し、代わりに何が捨てられるかに注目する。それが不満足なら交易は停止すればよい。満足なら続ける。互いに生産物の背後に相手部族の存在が感じられ、かけひきの相手として意識し合うようになる。他者も自己も表象それ自体ではないのだ。表象の向うにあると想定されるものなのだ。
生理的表象なら、それによって欲求が刺激され惹き付けられるか、危険を察知して遠ざかるか、どちらでもないかである。いずれにしても生理的に対応し、追いかけて飛びつくか、全速力でその表象がなくなるところまで逃げるか、それとも無視するかである。
ところが境界に捨てられた生産物は単なる表象ではない。表象としては獲得したい対象だが、こんなところに土器があるのはおかしい。その背後に異縁の部族の匂いのようなものが漂っている。この匂いのようなものを取り除かなければ、自分たちの部族に属する土器にはならない。そこでその匂いのようなものを自分たちの部族で作った首飾りに移すのだ。その上で首飾りを捨てて置くのである。後にはこの匂いのようなものは、部族の霊とされるようになる。
境界に首飾りを見つけた相手の部族は、土器についていた自分たちの匂いのようなもの、つまり部族の霊が首飾りについて戻ってきたと喜ぶのである。欲しくてたまらなかったあの首飾り、自分たちの部族の技術にはなかったものである。よし今度は自慢のとびきり素晴らしい出来栄えの土器を捨てておこう、そしたら今度はどんな素晴らしい装飾品が手に入るか楽しみだ。こうして交換は互いに自慢の品物を張り合って捨てあうポトラッチ的なものになっていく。次第に交換相手と見栄を張り合ったり、駆け引きをしたりして、意識しあうようになる。
かくして相手の生産物と自分の生産物が対峙し合い、部族と部族が対峙し合う。そして交換されることによって、生産物は部族から切り離されるので、部族と生産物が他者化するのである。かくして対他関係が発生するのである。やがて交換は物々交換から互いの祭に招きあったり、婚姻関係を結んで交換ではなく、親縁間の贈りあいの関係に変わったりした。しかし元々他者意識や駆け引きの意識が強かったので、実質的な対面交換になったのである。そして主体は部族単位から家族単位へと下がっていき、所有主体も部族から家族へと分解していくことになる。
こうして人と人、人と物、物と物の相互の他者関係が発展した。物も所有対象としては交換される生産物と自然物は区別される。こうして次第に生理的表象でなく、事物によって世界が構成されているように捉えられるようになったと推測される。その世界観に基づいて主語・述語構造を持つ言語が確立していったのである。
自己意識の成立
自己意識というものは、交換の発生によって他者との駆け引きによって生じたものだというのが、私の仮説であるが、残念ながらこの説は広範な支持者を得ているとは言いがたい。そして交換説の弱点は、交換の発生は新人段階のそれも未開の後期にあたると考えられるから、人が人間に進化した時期を一万年以上は遡れないことになってしまうかもしれない。それでは数万年前とあまり変わらない生活を営んでいる未開社会の人々を人間以前の存在のごとく差別することにならないか、というデリケートな問題が生じてしまう。
神による魂の置き入れというデカルトの仮説は、神を前提にしているので証明できない。その上神を前提すると魂の置き入れの時期は、アダムの創造と同時だと言うことになり、起源論は自明になる。
魂の置き入れを仮定しないのなら、身体やその中枢が自己を意識する魂の働きをしていたことになる。そして果たしてそれはどのようなきっかけで可能になったのかが問われなければならない。労働では手が発達し、投げる・叩く・まげる・掴む、こねる・引っ張る・押すなど複雑な動作をすることができる。それぞれの動作を増幅させる手の延長としての道具が作られた。{一つの体―二本の手―数種類の手の動作―各動作について多種類の道具―各道具に対応する多くの自然的諸事物}という形で、自然の中で身体の特別の位置が意識されるきっかけがある。
また協業が大規模化していくと、集団の中での個人の役割の明確化が求められるので、自己意識の発生の機縁になる。社会的分業の発達も社会の中での各個人の境遇や地位などが反省されることになるので、自己意識の発達をうながすことになるのだ。
そこでいったいどの時期に自己意識の目覚めが起り、人間同士や諸事物との対他関係が鮮明になり、それが言語の主語・述語関係の確立まで到達したのかが問題だ。その際、忘れてはならないのは、労働過程における道具の改良や生産様式の変化は、未開社会では一生のうちにそうたくさん起こるわけではないということだ。原始・未開の時期には融即の論理が優勢であり、部族全体が一つの身内としの一体感の下で暮らしており、部族とそのテリトリーとも不可分であった。そのような関係の下では分業や協業による役割分担も、なかなか自己意識の成長には結びつかないものである。動物の中にも複雑な協業・分業関係が見られる場合がある。人間の場合だけそれが、自己意識に直結したとするのはよほど慎重であるべきだ。
それにいったん自己意識の自覚に到達すると、世界は急に事物の連関に見え出し、客観的・法則的な理解がどんどん蓄積されることになるから、加速度的に文明化していくはずである。その意味では未開後期に交換が発生して、自己意識が成立したと仮定したほうがよい。言語の主述構造により、事物認識が急速に蓄積され、それに伴って急速な富の蓄積、道具改良、生産の発達が進み、一部地域で文明発生することになったと考えられる。
ところがこの文明というものは、戦争と奴隷制そして自然破壊をもたらすもので、多くの人々は文明による災厄を恐れて山や森や島々に避難し、未開生活を守ろうとした。20世紀前半まではまだ未開部族が広大な地域に散在していたのである。
人間論と疎外論の黄昏
1960年代は疎外論と共に人間論が盛んだった。両者にはつながりがあったのだ。疎外論では、本来の人間性の喪失、疎外が問題にされていた。だから本来の人間とは何かが大変重要だったのである。人間の労働は人格の全面的発達にふさわしいものであるべきで、ベルトコンベヤーシステムでの単純作業は人間性の喪失だとされた。分業によるタコツボ的な偏った人間の形成が批難され、精神労働と肉体労働の対立、都市と農村の対立などを克服して全面的人間の形成をめざすなど、あるべき労働とは何か、人間の類的本質とは何かが議論されたのである。
しかし疎外論批判も熱を帯びてきた。疎外される以前に疎外されざる真の人間が存在していたわけでもなければ、疎外されない理想の労働が存在していたわけでもないのだ。疎外論は普遍的・抽象的人間という虚像によって現実を批判しているのではないか。現実の変革は現実に即して、行われなければならない。マルクス主義は抽象的なヒューマニズムである疎外論を克服して登場したものであると廣松渉は強調した。かくして1844年の「フォイエルバッハテーゼ」を切断点にして、マルクスは自己疎外論を清算したとされた。フランスではアルチュセールが。日本では廣松渉が疎外論批判の論陣を張った。
確かに、『ドイツ・イデオロギー』以降のマルクス・エンゲルスは唯物史観の論理を確立していった。そこでは自己疎外論的な発想は後景に退いたのである。唯物史観では疎外論の出番がなかったので、疎外論は捨てられたかに見えた。だがしかし、後に古典経済学を批判する段になると疎外論も重要な役割を果すのである。疎外論か物象化論かというような二者択一の問題ではなかったのである。
疎外論・人間論の衰退には五月革命の挫折が絡んでいる。ハイデガーはヒューマニズムや人間論を本質論的発想として拒否していたが、サルトルは『実存主義とは何か?−それはヒューマニズムである―』と叫んだ。人間は神から本質を与えられているのではない、人間は先ず実存し、そして自分を状況との対峙の中で形成すべきだとした。自分をがんじがらめに包摂し、本質づけようとする体制に対して否定の叫びをあげ、みずからの自由を守り抜く立場である。
しかし体制への反抗は、体制をどのようによりよく変革するかのプランがなければ、単なる革命騒ぎに終わってしまう。体制の構造を先ず把握し、その中でいかに変革を志向するかという構えをとるべきである。かくして実存主義は衰退し、構造主義が流行する。そこでは最早人間という主体は出番ではない。自分の主体性で決断したように見えても、実はその決断を生み出すように意識を形成したのは、構造である。あるいは構造を作っている文法的な決まり(コード)なのだから。それゆえ構造把握こそが大切なのである。そこでフーコは「人間の死、言語の支配」と語ったのである。
若きやすいゆたかも、「フォイエルバッハテーゼ」で疎外論は払拭されたという見解に説得力を感じた。「疎外された労働」という以上、それに先立つ「疎外されない労働」が想定それなければならないが、商品交換がある以上は疎外されているし、それ以前は未開の融即の論理で、労働概念に相応しくないように思えた。とすると疎外論は歴史的に展開できないことになる。それで唯物史観の成立によって、払拭されたとするのが妥当だと受け止めたのである。
「疎外された労働」と「抽象的人間労働」
実は、マルクスは「疎外された労働」という言葉とは、完全には縁は切れていなかったのだ。『資本論』でも出現している。しかし資本制を前提しない単純商品生産を説明するに当たっては「疎外された労働」という用語は使用していない。それは商品生産自体にはなんらの疎外がないという意味だろうか。私は労働の二重性の中に、疎外論の問題意識が持ち込まれているのではないかという解釈をした。マルクスは疎外論を脱却したという解釈を支持しながら、それでも労働が疎ましくなる労働の状態性をマルクスは見逃している筈はないと考えたのだ。
商品を作る労働は、まずその商品の使用価値を形成するための具体的有用労働である。しかしその商品は価値として認められなければ交換されないから、価値を形成する労働という面を持たなければならない。これは労働の質的差異は捨象されて同一の労働量に還元されたものである。その単位は抽象的な人間労働力の支出であるから、「抽象的人間労働」とマルクスは名づけたのである。
労働というのは類的本質と見れば、人間の生命発現であり、自己実現行為である。大工さんは家を建てて、どうだ住み心地のいい、丈夫な家ができただろうと、具体的に居間だとか水周りだとかを見せて、自分の能力がいかんなく発揮されていることを誇るのである。
寿司屋はその巧みなにぎりを披露しながら、素材の活きのよさを吹聴し、うまい寿司を食べさせようとする。具体的有用労働という言葉にはそういう生産者の息遣いがある。
それに対して「抽象的人間労働」はどうだ、何をどう作っただとか、その労働にはどのような創意工夫がなされたかという具体性はどうでもいいのである。「抽象的人間労働」において関心事なのは、ただどれだけの労働量を費やしたかということのみである。これは「疎外された労働」でいわれた自己実現行為としての労働が自己喪失となるという事態そのものでないのか。
抽象的人間労働のガレルテとしての価値
抽象的人間労働はその凝結が価値なのだから、生産物の価値に自己を対象化しようとする。たとえば上着を作る労働は上着に自分の価値を対象化できるだろうか。上着のかっこよさ、着心地のよさ、丈夫さなどは上着の効用(使用価値)あって、価値ではない。上着の価値は上着よりも、上着と交換される他の商品の数量で表されるのである。マルクスは〔一着の上着=24エルレのリンネル〕という等式を良く使った。
一着の上着に費やされた労働は、24エルレのリンネルだけの価値があり、24エルレのリンネルに費やされた労働は一着の上着の価値がある。では上着は24エルレのリンネルの労働の価値なのか。いやマルクスに言わせれば、それは違う。上着は価値ではない。上着は使用価値である。価値は抽象的人間労働のガレルテなのである。「ガレルテ」という言葉をマルクスは遣っているのだが、これは「膠質物」という意味である。つまり膠(にかわ)が熱で溶けて固まった物ということだ。それで抽象的人間労働の膠質物とは、抽象的人間労働自身が固まった物ということである。マルクスによれば、価値というのは抽象的人間労働それ自身が固まったものだというのである。
では抽象的人間労働が固まってできたもの、それは抽象的人間労働の生産物ではないのか。つまり上着やリンネルは、一方では具体的有用労働の生産物なのだが、同時にそれは抽象的人間労働の生産物でもある。だから商品としての上着は使用価値であると同時に価値でもあるということになる。それで上着やリンネルという生産物を商品としては価値でもあるとみんな見なしているわけである。しかしマルクスに言わせれば、それこそ、フェティシズムに(物神崇拝)に陥っているのである。
なぜわざわざ「ガレルテ」という言葉を遣ったのかということを、これまでマルクスの『資本論』研究者たちは少しも考えなかった。マルクスが言いたいのは、価値は物ではないということである。だから上着やリンネルという物の属性には効用(使用価値)は含まれるが、価値は含まれないのである。価値はあくまで抽象的人間労働それ自体の塊りなのである。ではどうして、それが上着やリンネルの属性と見られるのか、それはガレルテ(膠質物)だからである。つまり抽象的人間労働は膠だから付着するのである。上着やリンネルに固まって付着している。抽象的人間労働は具体性を捨象しているので、生産物に付着しても透明であり、生産物と区別がつかないのだ。だからみんな上着やリンネルが価値でもあると考えている。
しかしマルクスにすれば、よく考えてみると、価値は抽象的な労働時間によってのみ決定されているのであって、それが上着やリンネルであることとは関わりがない。価値は人間労働にこそあるのであって、物にはないのだ。物に価値があると見なすことは、物と人間の取り違えなのである。
マルクスは、ここで『フォイエルバッハ・テーゼ』の実践的唯物論を思い出したのかもしれない。「従来のすべての唯物論の主要な欠陥は、対象、現実、感性がただ客体または直観の形式のもとでのみ捉えられ、感性的な人間的活動、実践としては捉えられず、主体的に捉えられていないことである。」
一着の上着が24エルレのリンネルの価値を表現する価値鏡となる。このように価値は対象の、つまり物の属性であるかに見えるけれど、マルクスに言わせれば、それは未開人の宗教であるフェティシズム的な倒錯なのである。主体的には労働の関係として捉え返されるべきである。つまり労働の社会関係を生産物相互の交換関係に置き換えたのにすぎないというのだ。第一、生産物は物であって、人間ではないから、人間関係である経済関係や社会関係を取り結べるわけがない。物が社会的属性を持ち、社会関係を取り結んでいるように見えるとすれば、それは人間関係を物に置き換えているからに違いないのである。かくしてマルクスは客観的な対象的な物の属性と思い込まれていた価値を、主体的な人間の活動、実践として捉え返したと考えたのである。
価値実体としての抽象的人間労働
価値が抽象的人間労働の実体であり、それが生産物に膠になって付着しているとマルクスが表現しているとしても、それは比喩に違いない、本気ではないだろうという解釈も成り立つかもしれない。抽象的人間労働といっても、それは具体的有用労働の論理的抽象に過ぎないのであって、実際に存在するのは具体的有用労働だけであるとも解釈され得る。
若きマルクスの「疎外された労働」という問題意識を持ち込んで、労働の二重性を実際の労働の自己実現面と自己喪失面と捉え返すから、抽象的人間労働が生々しくなってしまうのだ。しかしマルクスは「哲学的良心の清算」を行っているので、そういうヒューマニズムを価値論の解釈に持ち込む必要は一切ないという批評も考えられる。
しかしそのような『資本論』解釈は、『資本論』におけるフェティシズム論の展開を全三巻まで追った上での議論ではない。たとえば機械や原材料の価値が製品に移転する論理でも、機械や原材料を動かし、変化させ消費することで、そこに付着していた価値をいったん溶かして、生産物に移転させる論理になっているのである。つまり価値が抽象的人間労働のガレルテであり、付着したり、離れて移転したりすることになっているのである。
またマルクスは貨幣や資本の物神化を蛹化や骨化という言葉で表現しているけれど、それは抽象的人間労働のガレルテとしての価値が実体としてあるのだけれど、金などの物に包まれて蛹になっており、金自体が貨幣と取り違えられたり、資本も抽象的人間労働のガレルテなのだけれど、骨化しているのである。つまり価値が価値ではない物である機械などの物の姿で捉えられている。骨も肉体の一部だけれど無機質であるカルシウム分でほとんどできているのである。つまり資本も、人間労働の関係であり、物の関係ではないのだが、現実の資本関係では、大規模な生産設備という物の姿で立ち現れ、ほとんど物によって経済が動いているように見えるのである。それこそ物が資本であるように見え、人間の社会関係、経済関係を担っているように見えるフェティシズムだというのである。かくして『資本論』は、労働者の労働のみが価値を生み、資本家や賃労働者という現実的諸個人のみが社会関係や経済関係を取り結んでいるのだという立場を貫徹しようとしたのである。
労働からの疎外
ところで『資本論』における価値の人間労働への還元は、価値を事物の属性ではないことにすることによって、かえって事物と人間との断絶を固定することになる。事物は効用としては人間にかかわっているが、価値としては人間関係を結べないとされる。とはいえ、それは強がりのようにも思える。なぜなら抽象的人間労働のガレルテは事物に付着し、あたかも事物間の関係として立ち現れ、事物が人間を支配するように見えるからである。
そこで『資本論』でもフェティシズム論の観点からの疎外論が展開されることになる。『資本論』においては疎外論が現れていないのは、単純商品生産を論じる場面である。資本蓄積を論じる際には「疎外」という用語が遣われているのだ。初期マルクス同様の「疎外され労働」という用法も生きている。しかし主要には労働時間に比例する価値どおりの交換が貫徹しないという意味で「労働からの疎外」として遣われているのである。
つまり人間関係である筈の経済関係が、商品・貨幣・資本などの関係として展開されるときには蛹化・骨化して、あたかも事物相互の関係として現れるために、労働関係でしかないということが隠蔽されるというのだ。そのために、価値法則が歪められざるを得ないというのである。これが「労働からの疎外」である。この「労働からの疎外」も人間が生み出した経済関係が人間から自立して展開し、人間に敵対してくるという若きマルクスの疎外論の発展ともみなすことができる。だから、「疎外論の払拭」という廣松渉やアルチュセールらの議論は『資本論』をしっかり読めば、破綻していることが分かるのである。
アルチュセールは、「フォイエルバッハ・テーゼ」を切断点にしてマルクス主義はイデオロギーから科学に成長したという議論を展開していたが、晩年には、その破綻を認めざるを得なかった。『資本論』にもヘーゲル主義の悪影響を見出せるとし、アルチュセールは、レーニンを一時賞揚した。しかしレーニンはヘーゲルを褒めちぎった時期があるので、結局毛沢東の『矛盾論』に傾倒し、「矛盾の重層的決定」の論理を強調した。そして最晩年には精神の安定を失ってしまった。廣松渉は「疎外」という概念の使用は疎外論の払拭とは別問題だという立場を貫いたが、彼の『資本論』解釈は、廣松哲学からの読み込みに過ぎず、我田引水の印象は否めない。
マルクス解釈において疎外論が復権しても、疎外論や人間論が再生したわけではなかった。主体としての人間の死が宣告され、システムの構造を捉え返す議論が主流になったのである。私は、自由な決断によって状況を主体化し、変革できるという実存主義的な主体的人間論には、甘さを感じた。自己の主体的な意識ですら、社会構造から生み出されているという構造主義の主張に説得力を認めざるを得ない。
しかしそれならば主体の意識を産み出す社会構造自身が、今度は人間として把握されなければならない筈である。構造主義もポスト構造主義も主体としての人間の死を宣告したままで、構造としての人間を把握しようとしない、だからなんとか構造から逃れようとするポスト構造主義も、構造からの脱出と逃走の試みでしかない。たとえ砂漠にたどり着いてもそこで社会生活を営む限り、新しい社会構造がうまれ、支配のコードが形成される。社会の構造と自己自身をいつまでも対極にしておいたのでは、人間は主体として生きる事ができないのである。
『フォイエルバッハ・テーゼ』の「人間の本質は、現実的には、社会的諸関係のアンサンブル(総和)である」という規定から、人間は個人であるだけではなく、同時に社会的諸関係の総体でもあるという捉え方が出てくる可能性があるのではないか。和辻の表現では「人間は個人であると同時に社会でもある。個人と社会の弁証法的統一である。」と言えるのではないか。
価値の存在性格
マルクスは商品の価値を抽象的人間労働のガレルテと規定することによって、価値を事物の属性から人間の方へ取り戻したつもりでいる。しかし本当に価値が事物の属性でなくてもよいのだろうか?一着の上着が社会的平均的労働で8時間分で作られるとしたら、上着は8時間分の価値を持つと見なされる。12エルレのリンネルも同様だ。一着の上着も12エルレのリンネルも、8時間の抽象的人間労働の成果である。だから8時間の価値をそれぞれの事物の属性として持っているのではないのか。
ところがマルクスに言わせれば、8時間労働は人間の活動であり、あくまで人間の属性なのだ。今、8時間で上着一着ができるので、上着の属性と思われているに過ぎない。上着一着が何時間で出来るのかは、人間労働にかかっているので、上着の知ったことではない。それを上着の属性と考えるのは、たまたま現在の8時間労働が上着一着を生むという外的な事情からであり、これは社会により、時代により変動するので、上着の価値が8時間というのは上着自身にはかかわりないというのだ。
しかし上着の価値という場合、具体的に今、ここでリンネルと交換される場合の価値であるから、その労働もその上着に体現された労働である。つまり上着に成った労働であり、上着を価値にした労働である。その意味では上着自身が抽象的人間労働の固まりとしての価値だということになる筈だ。ただし、その場合上着は上着であるという具体的な効用には無関心である。リンネルもリンネルであることに無関心だ。ただ抽象的人間労働の凝結として価値であることにのみ関心があるのである。
たとえ具体的効用に無関心であっても、価値物として評価される商品でなければならない。それは流動状態の抽象的人間労働のままではいけないのである。商品として固まっていなければならない。もっとも必ずしも物体でなくてもよい。サービスとしてのまとまりがあり、対象化されて、商品と認められれば良いわけである。たとえば散髪というサービスの場合は、一時間散髪労働を行えば商品価値が生じるというものではない。肝心なことはきちんとした髪型に仕上げるということである。そうしてはじめて労働が対象化され、価値評価されるのである。
だから私に言わせれば、厳密には抽象的人間労働自体のガレルテが価値なのではないのである。抽象的人間労働が物やまとまったサービスとして対象化されてはじめて価値なのである。その意味では労働生産物の労働時間に還元された抽象的性格が価値なのである。マルクスが考えたように、労働生産物に価値が付着しているのではないのである。
つまり一着の上着も12エルレのリンネルも一時間分の労働の対象化された姿としては同じ価値であるという意味である。こうして労働は抽象的な姿では商品になっている。商品は労働という人間の活動が価値として対象的な姿をとったものなのである。労働は人間の本質的な現存なのだから、人間の本質が物の姿で現れているといえる。商品交換において、仕立屋は一着の上着となり、機織工は12エルレのリンネルとなったのである。
ところがマルクスは、仕立屋は上着ではないし、機織工はリンネルではないことに固執した。上着が仕立屋を代理し、リンネルが機織工を代理することを、マルクスは人と物を同一視するフェティシズム的な倒錯だと批難したのである。たしかに人間を身体の枠内で捉える身体主義的な人間観から見れば、仕立屋は上着ではない。機織工はリンネルではないだろう。大工は彼の建てた家屋ではない。しかし、今商品交換を議論する場面においては、そのような区別はあまり意味はない。むしろ上着が仕立屋を代表し、リンネルが機織工を代表して、人間関係を取り結ぶことが大切なのである。価値はこの場合、労働と生産物の区別を止揚しているといえよう。
マルクスは商品物神の世界では机が勝手に踊りだすという。しかし机には抽象的人間労働が体化されているからこそ、例えば鞄と交換され得るのである。マルクスが言いたいのは、机や鞄とその交換比率は何の関係もないではないか、純粋に労働量だけの関係だという。しかし、効用としの机や鞄であることにはかかわりなくても、労働体化物として物になっているからこそ、交換されるのであり、社会関係を取り結ぶのである。労働はそれが行われている状態では価値ではなく、それが完了し、物となった時点で価値なのである。だから労働という人間の現存は、物の中に保存され物の本質になっているのだ。その意味で労働生産物は労働の成果として物となった人間なのである。
人間は物になり得ないとか、物は人間ではあり得ないという立場に固執すると、商品関係はとんでもない未開の宗教フェティシズムの世界だということになる。そんな未開宗教は嫌だというのなら、商品関係に入らなければいいのだが、現実には社会的分業に組み込まれなければ生きていけないとなれば、裸踊りでもなんでもするしかないのである。
だから我々は、人と物の抽象的な区別に固執してはやっていけない以上、せめて商品関係を論じる段階では、人と物の区別は棚上げにして、商品を人間関係を取り結ぶ主体と見なさざるを得ないのだ。その時、マルクスのようにこれは倒錯だ、実は抽象的人間労働それ自体の固まりがくっついているのだと説明するか、ひょっとしたら、人と物の抽象的な区別に固執する身体主義的な人間観の方にこそ問題があったのではないかと謙虚に反省するかということが、哲学者には問われているわけである。
価値は労働生産物を商品にする。その意味で商品の本質である。価値の実体は抽象的人間労働だから、商品は人間の物と成った抽象的な姿である。とすれば、商品が人間の社会関係、経済関係を取り結んでも倒錯的ではないのである。ただし価値の実体は抽象的人間労働であるから、その量と無関係に関係が結ばれるようになると、労働からの疎外として、神秘化が起っていることになる、その段階でフェティシズム的倒錯を問題にすればよいのである。
効用としての物と人間
価値としての労働生産物を人間の現存だというのなら、使用価値(効用)としての労働生産物は人間ではないのかという問いが当然出てくるだろう。マルクスやエンゲルスは既に道具は手の延長だと言っている。人間の非有機的身体だと自然環境を捉えている。これは人間化された一切のものだけではなく、人間となんらかの交渉のある日月星辰にいたるまで、実践的に捉え返される限りで人間的自然だと言えるだろう。
このような自然の人間化は、マルクスにはフェティシズム的倒錯だとは写らなかった。それは人間が自然を自己の元に取り込んだのであって、自然を人間が支配している形である。そこまでだと、物が人間にとって代わって社会関係を結んでいることにならないと考えたのだろう。道具やその他の生産物はあくまで、手段であり、有用物である。衣服は皮膚の延長となっているにしても、衣服自体が社会関係を取り結ぶわけではないし、目的であるわけではない、とマルクスは考え、フェティシズムとは見なさなかったのである。
効用においては、マルクスによれば、物は人間に包括されるにしても、それ自身が人間として主体になるわけではない。ところが価値においては、あたかも物である商品が、人間にとって代わって関係し合うのである。
例えば机という商品がある。価値としては怪しげな踊りを繰り広げるのだが、机自体は効用である。机は机という対象的な事物と見なされているが、『テーゼ』の実践的唯物論の立場だと、脚つき台の上に書類を置いて執務や学習をするという実践を脚つき台の規定として客体の形式で捉えたものである。
たしかにそうだ。だがマルクスは一体何が言いたいのだろう。これまでの唯物論では、それを客観的な事物の規定として捉えて、主体的に実践的に捉えなかったということである。つまり、自分とは別の他者である脚つき台が机であると、他人事のように規定したり、解釈ばかりしていても意味がないということである。脚つき台が目の前にあれば、一体これは自分の主体的実践にとって何であるのかという自己の契機として捉え返せということである。
机があっても、本があっても、そこに座って読まないなら意味がない。この問題提起を突っ込んで捉えると、机があってもそこで勉強したり、執務したりしないのなら、それは単なる脚つき台であって、机ではないということになる。だからデスクワークという習慣のない国で脚つき台があっても、それは机とは認知されない。何か物を置いておく台か、食事用のテーブルだということになるだろう。ということは、マルクスの実践的唯物論の立場でいくと、効用は、事物と人間との実践的関係であって、事物それ自体の属性ではないことになってしまいそうである。
とはいえ、元々「事物それ自体」とか「事物それ自体の属性」という発想は、経済を論じる場合には無視してよい。商品として生産される事物は何らかの実践的な必要から需要があるから生産されているのであり、セイがいうまでもなく「供給はそれにともなう需要を生む」のは、効用が実践連関の中で労働生産物の規定だと認められているからである。それが商品である限り、机は脚つき台として作られるのではなく、机として製作されるのである。腕時計も時間観念のない者には時計とは言えないが、そういう人物は腕時計の買手とは見込まれていないのだ。だから最初から腕時計という製品が作られているのであり、商品世界においては、すくなくとも腕時計という事物は存在するのである。
それでは、マルクスは事物である腕時計や机を人間の実践として捉えているのだったら、腕時計や机を人間だと認めているのだろうか。それはイエスそしてノーである。イエスという意味は、人間の実践の契機を構成しているという意味で腕時計や机は、人間世界を構成しており、その意味で人間の定在である。ノーという意味はそれはあくまでも人間の実践の契機として人間に含まれているのであり、腕時計や机という個々の事物がそれ自体で人間であるわけではないという意味である。
このようなマルクスの立場では、人間世界に含まれる身体的諸個人と社会的諸事物では、身体的諸個人のみが主体であり、社会的諸事物は手段である。もし社会的諸事物が主体である身体的諸個人と同じように社会関係を取り結び、主体的に活動するように見えれば、それはフェティシズム的な倒錯である。
機械人間論
例えば新鋭の機械を導入したことによって、生産性が飛躍し、旧式の機械を使っている他の企業よりも、低コストで売上を伸ばして、特別剰余価値を手に入れることが出来たとする。するとこの特別剰余価値は誰が生み出したのか、労働者はこの新鋭機の導入によって特に複雑な労働を行ったわけではないとすると、明らかにこの特別剰余価値を生み出したのは新鋭の機械の働きである。ところが、マルクスは新鋭機が生産性の向上に役立ったことは認めるが、価値生産は行っていないと見なしている。というのは定義的に価値は抽象的人間労働のガレルテでしかなく、抽象的人間労働を行うのは機械ではあり得ないからである。これを新鋭機が行ったと見なせば、機械が労働したことになり、機械を人間とみなすフェティシズムである。
そこでマルクスは、新鋭機の導入によって労働の複雑度はそのままでも、結果として新鋭機によって強められた労働者の抽象的人間労働が特別剰余価値の源泉だと見なしたのである。これは大変苦しい説明だ。現実に機械制大工業の時代になると、生産現場では、機械が主役になり、現場の労働者は機械では行えない作業を補助する脇役になっている。理想の機械は、そういう脇役が要らない完全自動機械である。そのことによって、生産は人間の身体的制約を完全に脱却できるわけである。
労働者を使うか、自動機械に置き換えるかは、そのことによって増加するコストとそのことによって見込める売上の増加を相殺することによって、純粋に会計的に決定されるのである。労働者のみが抽象的人間労働を行っており、価値の全源泉は労働者の抽象的人間労働であるという定義は、現実には通用しないのである。
このことは何も驚くには当たらない。元々身体の力で行っていた労働を道具を使って、能率を上げ、機械を使って自然のエネルギーで仕事をするようになったのである。人間の身体的な諸力や諸能力を持つ機械が人間身体に代わって生産しているのだから、いつまでも生産の主体は労働者で、機械は手段にすぎないという図式を振り回すのは無理というものだ。あくまで生産を人間の営みと見なしたいのなら、身体だけを人間と見なす人間観を転換して,機械も含めた人間観に転換すべきなのだ。
道具は手の延長でよかったけれど、機械となると、エネルギーも代替するだけでなく、予め出来上がる製品を予定して、原材料を加工するわけである。そうなると生産現場においては主力とならざるを得ない。もはや手の延長ではすまない。労働者の身代わりになっているのである。だから特別剰余価値の生産では、マルクスは「強められた労働」といって労働者が特別剰余価値を生産したと強弁したが、強めたのは機械であり、強められた労働自体の複雑度は変わっていないのだから、公平にみて新鋭機の働きが特別剰余価値を生産したと認めるべきである。つまり、生産においては機械も労働者に負けないぐらい働いていることを認めればいいのである。それでは機械を人間として認めることになるので、フェティシズムだと反論されそうだ。しかし実際に機械が生産を行っているではないか。だから生産が人間の営みだというのなら、機械もまた人間であることは、生産に関する限り認めてもいい筈である。
機械も人間だというと、では機械は考えるのかという疑問に出会う。機械も人間だと言う限り、機械に人間の定義が当てはまらなければならない筈だということになり、最も重要な人間の能力である思考能力を機械にも要求することになるのだ。ところが個々の機械をとって思考能力を備えているわけではないから、人間に含めるのはおかしいということになる。
しかし元々思考能力を人間の本質的な能力とする場合に、人間を身体的諸個人としてイメージしていたわけだから、思考能力を持っているから人間ということになるが、機械まで人間に含めるとなると、思考能力は持っていなくても人間に含まれることになり、人間に関する定義の仕方を当然変える必要がある。ここで猛烈のブーイングが聞こえる、機械を人間に含めるに当たって人間概念を変更してしまえば、好き勝手に人間概念を歪めて、人間でないものを何でも人間に含めることになってしまうからである。ここで囲碁なら長考に入るところである。
人間概念と機械
人間であるものと人間でないものの区別は、誰もが知っていることになっている。身体的個人と機械を並べると、身体的個人は人間であって、機械は人間ではない。同様に衣服、鞄といった製品も人間ではない。この携帯電話を人間だと言うと頭がおかしいと思われてしまう。
ちなみに例えば「機械」という言葉があると、機械は人間に代替して仕事を行う装置だということになっているから、人間を含む生物体だとかその中の酵素などを機械だというと、単なる比喩だと思われがちである。しかしデカルトやホッブズの時代には、動物の身体は神が創造された自動機械だと見なされていたのである。ホッブズは魂の置き入れを認めなかった。だから魂は人体という機械の機能だと解釈した。そして見事に人間を欲望で動く、自己意識を持つ自動機械だと定義したのである。
さらにホッブズは、人間は自己意識を持つ自動機械であるロボットつまり人工機械人間を作ることができるとした。これは決して未来幻想ではない。現に人間は巨大な怪獣リヴァイアサンを作っているというのである。それがコモンウェルス(国家)である。ホッブスは国家を人体に譬えているのではないのだ。まともに国家を人間だと宣言しているのである。国家は意識中枢としての意思決定機構を持ち、それを全身に伝える神経としての官僚機構を持っている。また国家は自らの活力を生み出す産業を持ち、栄養分を善心に送り届ける血液やそれが通る血管を持っている。つまり運輸機械や道路網を備えているのだ。そして国家は自己保存を目的に存在しており、そのことが国家の成員の福祉を齎すことになるという。その面でも人体と全く同じで、人体は自己保存を目的に存在しており、そのことが人体の各部位や細胞の生存の保障となっている。
生物学や生命工学の分野でも、有機体が機械であるというのは、単なる比喩ではなく使われている。これが分子工学のナノテクノロジーと結びついて、巨大なイノベーションを生み出そうとしているところである。
ところで国家が人間だと言う場合は、国家は身体を持っており、意志決定機能である意識中枢を持っている。だから人間だとホッブズは言えたのだ。ホッブズの論理だと人間が機械であっても、意識中枢を持たない機械は人間ではありえない。だからホッブズの人間論は、機械や生産物まで人間に含めるやすいゆたかの人間論に対する反論としてそのまま使えそうである。
ホッブズの議論は人間と言うと身体的な個人しか思い浮かばない固定観念を打破している。その点で画期的である。ホッブズの論理でいけば国家だけでなく、人格的な統一をもつ諸集団も人間だということになる。実際、法人として法的人格が認知されているわけである。
たしかに意識機能を持たないものを人間に含めるのは人間概念からみて納得がいかないのは、当然である。しかし逆に人間を身体的諸個人として捉えるのも、人間概念からみておかしいのである。なぜなら人間は理性的な意識的存在である。理性的な意識は、身体的諸個人だけからは生じない。集団的、社会的生活の中で培われたものであり、共同存在や他者存在との関係から言語的コミュニケーションとして生じたものである。このことを和辻は「人間は個人であると共に社会である。個人と社会の弁証法的統一である」とした。マルクスのいわゆる「社会的諸関係の総和」という人間規定もこれに当たる。
ところで社会的諸関係には諸個人だけではなく、彼らがそこに住む自然環境や日日の生活や生産の中で使っている社会的諸事物との関係も重要である。言語の発生も労働におけるコミュケーションの積み重ねがあり、その上に集団相互、諸個人相互、個人と事物、事物相互の対他関係が成立する交換の発生が契機になったと思われるが、事物の媒介なしでは社会的な関係もできないのだ。
こうしてユクスキュルの環境世界論を踏まえれば、人間は身体的諸個人を中心とする人間的諸事物の集合体として捉えられるべきである。だとすると人間が、そういう集団的、社会的な関係というのなら、個々の社会的諸事物は、諸個人との関係において人間に含まれるだけであって、やはり個々の事物としては人間ではないのではないかと不安になるところである。時計が時刻を気にする人にとって時計であって、その物自体は時計ではないとすると、同様に、クラスのすべての生徒からシカトされた児童は、学校において人間としての居場所がなくなってしまう。
工場においてもベルトコンベヤーの前に立たされて、機械的な単純作業の繰り返しを強制された労働者は、ベルトの動きと手の動きを合わせることに全神経を集中させる以外に、何も考えることができなくなる。つまり意識としても機械に無限に近づくことになる。自分がホモサピエンスであるとか、ホモファーベルであるとかの人間概念とはおよそ縁遠くなるのである。その意味で身体的個人が、人間概念からいって人間に相応しいとはいいきれない。
認識論の転回
言葉を話すのはひとりで出来ない。社会的に形成された類的な能力である。理性というのは言語を使うことが前提だ。だから理性的な認識能力も社会的に形成された資質であるといえる。ところが近代認識論は、主観主義的偏向に陥ってしまい、認識を個人的な主観の働きとしか評価できなくなっている。
我々は夜空を見上げて、星を見ても、天井の穴から光が洩れているとは見ない。それは天文学的な知識によって見ているので、太陽と同じ様な恒星がはるか何千・何万光年のかなたから輝いているように見えるのである。ということ星を認識する働きは個人的なものではなく、近代の科学文明を成り立たせている人類社会の働きの一環なのである。
また認識は、単に主観の働きではなく、同時に主観に自己を投影する客体の働きでもある。見るという行為は主観の実践の一環であるが、見えてくるものを見ているわけで、見たいものだけ見ているわけではない。当然、主観に対して存在を主張している客体の側の自己を主観に投影する働きによって見えさせられているのである。
私は数年前ツアーで欧州に行ったとき、マッターホルンを見てぶったまげた。まるで勃起しているように突っ立っているのである。それですごく活を入れられた気がした。ここで「チョット、マッターホルン」マッターホルンを見るという行為と、マッターホルンがどうだとばかり私を圧倒する行為は表裏一体ではないのか。それは私が見たという意味では、私の意識であるが、その意識は同時にマッターホルンが自己を私に対象化したマッターホルンの意識でもないのか。
マッターホルンに意識などある筈はないじゃないか、それはあくまでも主観の意識に過ぎないと断定されるかもしれない。マッターホルンは池に己の姿を写している。この池に写ったマッターホルンは、池がマッターホルンを写したのか、マッターホルンが自分を写したのか、おそらく両者は同一の現象である。
もしマッターホルンが池にも写らず、誰の目にも見られなかったら、マッターホルンの存在はそもいかに?マッターホルンとはそのように多くの人や事物に対象化された、感じ取られたマッターホルンの総計である。マッターホルンそれ自体が超越的にあるわけではない。
マッターホルンに見とれているとき、そこにはマッターホルンが突っ立ている。ただそれだけであり、それを見ている私というものは消えていた。改めて、西田の「物と成って、見る」という言葉が浮んでくる。私はマッターホルンそのものであった。だとすると、それが私の意識であるかどうかはどうでもよくなってくる。シェリングは「人間の意識は自然の自己意識である」と言ったが、それはこのことではないのか。
認識は主観の意識としては構成されたものであり、能動的意識であるが、同時に客観が形成した意識としては反映されたものであり、受動的意識である。もし反映面を全く否定してしまえば、真理性の保証はなくなってしまう。もちろん各動物には、それぞれの宇宙があり、それぞれの動物にとっての事物しか存在し得ないという意味では、人間の構成している無限大でエターナル(永遠)な宇宙というのも人間の意識でしかない。しかし、それは実在の意識への現れでもある。
金正日の恐怖独裁政治は、国民を餓死させながらも、国民に金正日に対する感謝と讃美を強要している。恐らく国民は内心には激しい憎悪の感情をこの指導者に対して抱いているだろうが、金正日体制の中で生きるためには、忠誠を示さなければならない。表面的な忠義面では疑われるので、感情を篭めて指導者を崇拝し、指導者に生かされていることを心底から感謝しようと必死で努力しているのである。そしてそれが金正日の恐怖独裁を支えているのである。だから国民の金正日に対する恐怖に基づく忠誠心は、体制生み出した国家の意識である。恐怖独裁国家は、自己保存のために国民に国家に対する忠誠心や愛国心、指導者への崇拝心を生み出さなくてはならない。そういう意識が国家を内部から支えるのである。
乗用車があっても、それを運転する者がいなければ、停車したままである。停車しつづける乗用車は乗用車としての用を為さない。鉄屑にした方がましである。しかし性能が良くて快適な乗用車ならば、セイの法則に従って需要があるから、運転者が付くのである。
乗用車だけでは走行しないということは、運転者も含めて一つの存在だということである。運転者は乗用車の目となり、意志となって乗用車に燃料を補給し、ハンドルを操作して操縦する。乗用車には欠けていた意識機能を補完するのである。だから運転者の意識は、走行に当たっては、乗用車自身の意識である。本当は運転者か必要だということは、乗用車が自動機械としては未だに完成していないことを意味する。いずれ運転者の役割も果たせる完全自動のロボット乗用車やロボットタクシーが出現することになるだろう。私は十年ほど前に、「ロボットタクシー」というアイデアを思いついて、「新しい人間観の試み」という小論で触れておいたが、すでにSF小説や映画では大活躍していたらしい。
乗用車を運転者抜きで完成品として固定して捉えてはいけない。同様なことは工場における機械と機械工の関係にも成り立つ、機械工の意識は機械の意識に成り切ってこそ、機械は素晴らしい製品を生産できるのである。しかしこういう説明にはどうにも納得が行かない人が多い。たしかに機械工は機械に合わせた意識に成り切るとしても、やはり機械工が意識している以上、機械の意識ではないではないかということにこだわるわけだ。
運転者にしても機械工にしても、彼らの意識は彼ら自身の個人的な身体の意識機能を働かせて意識しているのだが、乗用車や機械を自らの身体であるかのように意識しえたときに、はじめて熟練の域に達するのである。乗用車や機械を身体化できてはじめて機能できる意識なのである。だから乗用車や機械は未だに完成していない機械である。運転者や機械工を自らの中に組み込めてはじめて走行し、稼動できる。その意味で、運転者の意識は乗用車の意識であり、機械工の意識は機械の意識だといってよい。鉄人28号・機動戦士ガンダム・マジンガーZ・新世紀エヴァンゲリオンといった有人型戦闘ロボットの劇画を思い浮かべてみれば、操縦士の少年たちが、戦闘ロボットの意識機能を受け持っており、少年たちの意識が戦闘ロボットの意識でもあるという意味は納得できるだろう。
かくして商品所持者の意識は、商品の意識を代弁する。商品自身に欠けている意識機能を商品所持者が補完するのである。それが商品の交換過程にあたる。『資本論』第一巻第一章「商品」での価値形態論では、未だに商品所持者が登場していないから、商品自身に内在している論理を展開してみたに過ぎない。
かくして商品も貨幣も資本も機械や製品もそれ自体には意識機能がなくても、それらを必要とし、需要する資本家や生産者や消費者等が意識機能を補完することによって、人間社会、商品経済、資本主義社会で立派に社会関係を取り結んで、活躍するのである。
それ自体には意識機能はないと認めながら、人間がそれを補完することによって社会関係を取り結べるというのは詭弁ではないかという批判も考えられる。やはり意識機能を補完している身体的個人こそが社会関係を取り結んでいると捉える方が自然であるという反論である。しかし『資本論』で展開されている価値法則というのは商品に内在的な価値の論理である。それに所持者は、結局は法則的には従わざるを得ないのである。運転者も乗用車が道路からはみ出したり、他の車や人に衝突しないように、乗用車に即して意識しなければ、運転者自身の身の安全が保てないのだ。工場において機械工は少しでも機械の指示する工程とずれてしまうと、大変な事故や損害をもたらすことになる。その意味では身体的諸個人は商品関係や乗用車や機械に組み込まれ、事物に内在化した意識として働いているのだから、商品や乗用車や機械の意識なのである。
近代認識論は、諸個人が身体機能によって、事物をいかに認識するかを論じてきた。しかし今や、認識の主体は必ずしも身体的個人に限定されない。そして身体内に生じている意識も必ずしも身体の意識に限定できないのである。そして記憶や情報は様々な物質に変換されて、電脳装置や情報通信システム記憶されている。そこから発せられる指令は身体的諸個人だけではなく、様々なシステムや機械装置を稼動させたり停止させたりしているのである。
社会的諸事物を含む人間
身体的な諸個人を中心にした社会的諸事物が、人間社会を構成しているという議論を展開してきた。あえて身体的諸個人だけに人間を限定して捉えることはできないということである。そして主観主義的な認識論を批判して、人間的な意識も身体の意識に限定できないことを論証した。つまり人間の構成する社会や環境としての人間的な自然の中から、意識が生産されており、それに基づいて社会や諸個人・諸事物が再生産されているわけだ。
では生物としての「人」と違う意味の「人間」はどういう存在として捉えられるのか。果たして主体としての人間は死んだのか。フーコは「人間の死、言語の支配」と言ったが、主体としての人間は死んでも、言語という表現で社会構造が生きていることを説いている。身体的個人を人間として捉えても、それを主体に人間社会を説明できなくなったのだ。そこで人間の意識を再生産し、規定してくる社会の構造を把握しなければならないことなった。それなら社会構造とそれを構成している諸事物を人間として捉えるべきではないのか。構造主義者たちも、結局人間を身体的な人間の枠内でしか捉えられなかったのかもしれない。
誤解のないように一言しておくが、身体的諸個人を人間とみなす身体主義的な人間観の限界を突破すべきだと主張しているからといって、身体的諸個人が人間ではないと言っているわけでもなければ、運転手と乗用車のどちらが人間かと問われて、「運転手」と答えるのが間違いだと言っているわけでもない。そういう身体主義的な人間観も有用であるし、ある限界内で正しいと言える。しかし例えば商品経済や資本主義経済を分析する際には、商品・貨幣・資本が経済的人間関係を取り結ぶ主体として、つまり人間として捉え返されるべきなのである。
同様に運転手を乗せて走る乗用車は、運転手こみで人間として捉えられるべきである。ではこのように社会的諸事物も人間として認めることができるのなら、たとえば「ホモサピエンス」という人間概念は有効でなくなるのか。たしかに個々の事物の本質規定として「人間」概念を当てはめようと言うのではないので、この携帯電話だって人間だというと、じゃあ人間の本質は思惟にあるから、携帯電話は考えるのかという問題ではない。人間の本質としての思惟は人間存在の総体としての働きであり、社会的諸事物も社会的連関を通して思惟の契機を構成しているのである。
それでは何故携帯電話は、人間に含まれるのか。何もかも人間としなくても道具は道具でいいではないか、何もかも人間にしてしまうと、かえって人間という概念が曖昧になるという懸念が読者からも寄せられている。身体的諸個人を人間として、その上で人間存在の意味や役割を人間論として展開すればいいではないかというわけだ。もし経済関係で商品や諸事物の主体的役割を認めるとしても、それを人間だとしなくても良い、人間でない機械も労働する、生産するでいいのだということになる。
しかし、人間は事物に対して働きかけ、事物の中に自己を実現し、事物となって社会関係を取り結ぶというところに「ホモファーベル(工作人)」としての偉大さがある。身体的個人に人間性を限定してしまうと、そこが見えにくくなる。それにいったん社会的事物として出来上がったものは、身体的諸個人や他の社会的諸事物と連関し、社会的意識や社会的諸事物を再生産する。そうなると人間を身体的諸個人に限定してしまうと、社会認識においてもかなり無理な解釈になってしまう。その典型が『資本論』ですべての価値を労働者の労働のみが生み出したことにするために、悪戦苦闘し、論理的破綻に陥っている。
その点、獄中のアントニオ・グラムシも悪戦苦闘した。かれは身体的な諸個人を人間として捉えた上で、教会が神との関係で抽象的な個人に人間性を求めようとするのに対して、現実的な諸個人を対置した。それは社会的な生活を日々悪戦苦闘しながら営んでいる諸個人である。とすると社会的諸関係の総体を自らの本質として引き受けなければならない。マルクスの『フォイエルバッハ・テーゼ』の立場である。そして更にグラムシは、それを引き受けたからには、社会的な諸事物や歴史的文化を自らの許に取り込まなければならないと考えた。かくして身体的な諸個人である人間は、人間概念に他在としての歴史的・社会的諸事物も取り込むべきだとしたのである。当該個所を引用しておこう。
「人間は、純個人的・主観的諸要素と、その個人が活動的に関係しているところの集団の諸要素ならびに客観的・物質的な諸要素との歴史的ブロックとして考えられるべきである。」(「進歩と生成」最終段落より、鈴木富久著『〔新訂〕社会学講義ノート』13頁所収)
おそらくグラムシは、他在である事物も自己の身体化することによって、はじめて社会的主体としての人間に成長できることを強調したかったのであろう。この引用だけなら、身体的個人と社会的事物を並列した上で人間概念に包括するやすいゆたかの人間論とはずれはない。しかしグラムシ自身の発想は、身体的個人が社会的事物をも取り込んで、人間の契機にすべきであることを強調したかったのかもしけない。ともかく他在としての事物を人間概念に含めようという人間論の改革を打ち出していたことは注目に値する。残念ながら、その部分は合同出版の『グラムシ著作集』には翻訳されていない。私は鈴木富久氏の研究論文から、このグラムシの獄中の思想的戦いを知ったのだ。
パースの言い方だと「人間は記号である。事物が他の事物を指し示す性質である」ということである。パースの「人間記号論の試み」という論稿は、人間を事物の性質として明確に規定しているのだ。その意味で画期的と言って良い。
事物のあり方としての人間
私が言いたいのは、人間というのは社会的事物のあり方であるということだ。ここに大きな布が垂れ下がっているが、それがカーテンであるのは、窓際に目隠しとしてぶら下げてあるからである。つまりこの布の人間社会における用途によってカーテンとなっている。
この窓が窓なのは部屋に空気や外光を入れる役目を果すからである。これが机なのはそこで読書などをするのに適した脚付き台だからだ。どれも人間社会での役目によってそれらの事物になっている。もしこれらが人間的事物でなければ、この布はカーテンではないし、窓でも机でもない。その意味で、人間というのは、これらの事物の共通のあり方として見出せるカテゴリーなのである。
それなら道具や家具や機械などのカテゴリーで十分ではないかという反論も予想される。しかし身体的個人に人間を限定していては、社会的諸関係が説明できなくなるのだ。というのは先述したように、社会的諸事物の方にこそ人間性が表現されており、また身体的諸個人を含む社会的諸事物が社会的諸関係を取り結んで人間を構成しているからである。身体以外の諸要素を差し引いた身体的諸個人なるものを、社会的諸関係を取り結ぶ主体と考えることはとてもできないからである。そのことは産業革命による機械の登場で明白になったのだが、身体主義に固執してきたために気づかないふりをしてきたのである。
身体的諸個人のみを主体とする近代主観主義が破綻した以上、人間的世界を構成しているすべての社会的諸事物の連関を人間として捉え返すことにならざるを得ない。そしてその総体としての人間は、個々の人間的諸事物を定在としているのだ。この定在を私はマルクスの「商品体」という用語を参考にして「人間体」と名付けている。
「それではおまえは車や服や機械や石油や畑や山や海や空や星や何でも人間だというのだな」というわけで、汎神論ならぬ汎人間論だということになる。それでは人間と人間でないものの区別がなくなってしまう暴論だという猛反発である。
身体的諸個人を人間として捉え、それ以外の事物を人間でないものとして捉えてもいいのである。人と人間の区別に拘らなければそれでもいいだろう。しかしそれは身体主義や個体主義的な限界に囚われた捉え方である。しかし人間的諸事物、人間的自然というものを理解し、その中での自己実現を目指し、その循環と共生を考えるならば、人間概念をそれらが人間世界を構成しているという存在のあり方を示すカテゴリーとして使うことは必要だと思われる。
三木清の「交渉的存在」の再評価
三木清の「交渉的存在」は、彼の人間学のキーワードになっている。これには少し触れておいたが、社会的諸事物や人間的自然を人間概念に含めるという点で、先行的な学説になっている可能性が大きいので、ここで再評価を試みておきたい。ちなみに「交渉」はドイツ語の「verhalten(ふるまう)」の名詞形「verhältnis(関係)」から由来している。三木はふるまいという原義を篭めるために「交渉的関係」と訳している。だから交渉的存在とは人間のふるまいと共に現れてきて、ふるまいに対応して規定される存在である。
まず『パスカルにおける人間の研究』から。
「世界は本体でもなく現象でもない。それは特殊なる存在の存在の仕方に過ぎぬ。我々は『存在』が何よりも対象的範疇であると考える偏見から逃るべきであろう。自然を対象化することなく然もこれが現実的となる種々なる可能性のあることは明かであって、状態性とは斯くの如き可能性のひとつに対する名である。存在は最初にそして原始的には特殊なる所有を意味する。自然は我々に交わり我々の交わる存在である。」そして注がある。
「※パスカルの意味する自然は単に状態性の関わる存在であるばかりでなく、またそれは実に人間の交渉に係わる存在であった。彼は云う、『人間は、例えば、彼の識っている凡てのものに関係をもっている。彼は彼を容れるために場所を、持続するために時間を、生きるために運動を、彼を組立てるために元素を、自己を養うために熱と食物とを、呼吸するために空気を必要とする。彼は光を見、彼は物体を感ずる。要するに凡てのものは彼の交渉的関係のもとにおかれる』(72)。交渉は人間が世界を所有するひとつの仕方に外ならない。世界は我々にとって原始的には『対している』存在ではなくして寧ろ『為めにある』存在である。それは対象界でなくて交渉界である。」
「人間学のマルクス的形態」では次のように説明されている。
「我々をめぐって在る世界の存在は、例えばかの物自体の如く、我々の交渉に於て初めてその存在性を顕わにする。人間が他の存在の中に在る仕方は植物が他の植物に囲まれている関係とは異っている。人間はいつでも他の存在と交渉的関係にあり、この関係の故にそしてこの関係に於いて存在は彼にとって凡て有意味的であり、そして存在の担うところの意味は、彼の交渉の仕方に応じて初めて具体的に規定されるのである。存在は彼の交渉の過程に於て意味を具現してゆき、そしてかかるものとして現実的になっていく、それのみではないのである。人間そのものの存在もまた実にこのような交渉の関係に於て初めて自己みずからに対して現実的になり、このような交渉の過程に於て次第に自己みずからに対して現実的になってゆく。約言すれば、人間は他の存在と動的雙関的関係に立っており、他の存在と人間とは動的雙関的関係にその存在に於て意味を実現する。存在は我々の交渉に於て現実的になり、そしてそれに即して我々の存在の現実性は成立する。かかる関係を有することがまさしく人間の根本的なる規定であって、その故にこそ人間は彼の世界を所有する存在であるのである。」
「精神科学の対象をなす歴史的社会的存在は人間を基礎として成立する世界である。自然は言うまでもなくそれの欠くべからざる要素であるに相違ないが、それはただ人間と交渉し彼の生と関係する限りに於てのみこの世界へ這入って来ることが出来る。歴史はひとつの人間的なる、人間中心的なる世界である。純粋なる自然主義の立場にとっては一般に歴史は存在し得ない。歴史的世界は人間がそれを作るところの、作りつつあるところの、そして彼がみずからその中に住むところの世界である。人間はこの世界に単に対立するのでなく、却て絶えず彼自身それの基本的なる契機としてそれと密に交渉する、ーそれは『対象的存在界』でなくして『交渉的存在界』である」
「人間は彼が存在と交渉する仕方に応じ、直接に自己の存在を把握する。彼は存在を語ることに即してそれに於て自己を語る。一切の物は、人間の交渉を受ける程度に応じて、人間にとって見ゆるものとなり、即ち初めて物となり、ここに於てその称呼、その名称を与えられるのであるが、その場合、ノアレによれば、『固有の人間の活動が原本的語根の内容として留まるのである。』この過程に於て彼が自己を語るところの言葉即ちアントロポロギーが生れると共に、このロゴスはひとつの独立なる力となり、彼の経験の先導となり、支配者となる。このとき彼の経験する存在は凡て人間学的なる限定のもとに立つこととなる。かようにして、高次のロゴスである歴史的社会的諸科学が自己の研究の出発点に於て与えられたる現実として見出すところのものは、つねに既に斯くの如く人間学的なる限定のもとにある存在に外ならないのである。」
「ところで歴史的社会的存在界を構成する者として、そして同時にそれと交渉する者として、人間は、単に精神ではなく、精神物理的統一であり、単に思惟する主観でなく却て意志、感情、表象のあらゆる方面に自己を表現する統一的主体である。」
三木は自然を状態性として捉えた。これは対象性と対極的に遣われている。対象とは主観に対して立っているものであり、客観的な事物である。世界は人間を取り巻く様々な人間から独立した事物によって構成されていると捉えられがちだ。しかし三木に言わせれば、自然は、それぞれの生物や個体にとっての固有の存在の仕方なのである。だから自然はそれぞれの存在の状態としても捉えられる。パスカルは偉大・悲惨・動性などという言葉で状態性を示したが、光・星・花・海・山等々の自然は、主客未分の純粋経験においては、存在の状態性なのだ。
そして三木は、自然を存在の状態性だけでなく、人間の交渉に関わる存在だとする。この場合に、人間を交渉的存在としているのか、人間が関わる自然を交渉的存在としているのかよく文脈を読み取って欲しい。
人間は存在するためには自然と交渉しなければならない。その場合、自然は人間に対して単に対立するのではないのである。その意味で対象的存在ではないと言っているのだ。我々は普通「対象」といえば働きかける対象であり、獲得しようとする対象である。あるいは目的や目標の意味を込める。心理学で「対象喪失」といえば、自分が生きる意味を与えてくれる特別の相手を喪失することである。三木の「対象」は消極的な意味だ。
それに対して「交渉」は人間から独立に立っているのではなくて、人間の不可欠な要素として人間界に入ってくる存在なのである。人間自身も自然の中にあり、人間的自然を形成して、その要素となっているが、互いに交渉しあっているのである。かくして「交渉的存在」は人間と自然とが互いに不可欠な要素として交わり、一体化していることを意味している。だから「交渉的存在」は人間学のキーワードに成っているのである。