7国民主権と議会制民主主義
議会制民主主義の三つの原理
第一 代表の原理 第二 審議の原理 第三 監督の原理
代表の原理
前文 「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来
し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」
第十五条【公務員の選定罷免権、公務員の性質、普通選挙と秘密投票の保障】
1 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
第四十一条【国会の地位、立法権】
国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
☆法律に準じる規則制定権―両議院の議院規則制定権、最高裁判所の規則制定権、内閣の政令制定権、地方公共団体の条例制定権
第四十二条【両院制】
国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。
第四十三条【両議院の組織】
1 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
2
両議院の議員の定数は、法律(公職選挙法第四条)でこれを定める。
定数 衆議院 480人 うち小選挙区300人 比例代表180人 小選挙区比例代表並立制
参議院 242人 うち選挙区146人 比例代表96人 ただし3年ごと半数改選
任期 衆議院4年 解散あり 参議院6年 解散なし
第四十四条【議員及び選挙人の資格】
両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律(公職選挙法第二章)でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
選挙人の資格 両議院とも20歳以上の普通選挙制
被選挙人の資格 衆議院議員 25歳以上 参議院議員 30歳以上
国会の運営と権限
国会の種類
種類 |
会期 |
召集 |
議題 |
常会 |
150日 |
毎年一回一月 |
新年度予算中心 |
臨時会 |
両議院一致の日数 |
内閣、またはどちらか議院の4 分の1以上の要求 |
国内外の緊急議事 |
特別会 |
同上 |
衆議院解散後の総選挙から30日以内 |
内閣総理大臣の指名 |
参議院の緊急集会 |
不定 |
衆議院解散中に緊急の必要がある場合 |
国内外の緊急議事 |
立法の過程
発議―議員発議 衆議院では20人以上、参議院では10人以上の賛成が必要、議長に提出
内閣提出 閣議決定の後内閣総理大臣の名で、与党の了承を得て議長に提出
議長が常任委員会または特別委員会に付託して、審議する。その際、予算や国民の関心の高い法案は公聴会を開く。
委員会では定足数2分の1以上で審議・採決―出席議員の過半数の賛成で可決
本会議では総議員の3分の1以上で審議・採決―出席議員の過半数の賛成で可決
両議院の議決が異なる場合、衆議院の3分の2以上の再議決で可決するか、両院協議会で妥協案を作成してそれを両院で可決すれば成立。
国会の権限と衆議院の優越
第五十九条【法律案の議決、衆議院の優越】
1 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
2 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。
3 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを妨げない。
4
参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。
第六十条【衆議院の予算先議と優越】
1 予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。
2
予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
第六十一条【条約の国会承認と衆議院の優越】
条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する
第六十二条【議院の国政調査権】
(衆参対等)
両議院は、各〃国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。
☆議院証言法により、偽りの証言をした場合は罰せられる。
第六十三条【国務大臣の議院出席】
内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。
第六十四条【弾劾裁判所】 (衆参対等)
1 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。
2
弾劾に関する事項は、法律(国会法第十六章)でこれを定める。
第六十七条【内閣総理大臣の指名、衆議院の優越】
1 内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。
2 衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に、法律(国会法第八十六条)の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は衆議院が指名の議決をした後、国会休会中の期間を除いて十日以内に、参議院が、指名の議決をしないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
第六十八条【国務大臣の任免】
1 内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。
2
内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。
第六十九条【衆議院の内閣不信任】 (参議院にはなし)
内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
国会活性化法1999年制定―政府委員制度の廃止、副大臣制の導入、与野党党首討論会
8内閣と行政の民主化
内閣と議院内閣制
第六十五条【行政権と内閣】 行政権は、内閣に属する。
第六十六条【内閣の組織】 1内閣は、法律(内閣法第二条)の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。
2 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。
3
内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。
☆内閣は国会の信任によって成り立ち、国会の信任を失うと責任をとって辞職しなければならないという意味。
第六十八条【国務大臣の任免】
1 内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。
2
内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。
☆閣内不統一が起きると、総理大臣は国務大臣を交代させることができる。
第七十二条【内閣総理大臣の職務】
内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。
第七十三条【内閣の事務】 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
二 外交関係を処理すること。
三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
四 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
五 予算を作成して国会に提出すること。
六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
七 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。
第七十四条【法律・政令の署名・連署】法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。
(国会で可決した法律に対して内閣が拒否権をもつことを意味しない。)
第七十五条【国務大臣の訴追】 国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は害されない。
行政国家
産業が高度に発達して、独占資本主義が支配する現代に入ると、社会が複雑化して、それに伴い行政機関が数量ともに規模を拡大して、巨大な行政機構ができあがった。つまり警察や軍隊、役所だけでなく、学校や病院、国鉄や道路、郵便制度にいたるまで全国津々浦々に行政機構がいきわたり、国家における行政のウェイトが大きくなりました。この行政権の拡大という現象を「行政国家」と呼んでいます。
例えば、国家が肥大しますと、決めなければならない規則というのも膨大になります。そこですべて国会で審議して法律にするわけにいかないので、法律は大雑把なことしか決めないで、細かい決まりは政府が政令に定めます。またその運用を通達で指示するのです。
そして法律の制定でも国家が肥大化していますと、国会議員はなかなか事情がわからないので、行政府の役人が法律案を作成し、内閣が提案します。閣僚は国会議員が多いので、専門ではないので、政府の官僚が国会での内閣の答弁書を作成しますから、閣僚たちは国会で棒読みの答弁をして、お叱りを蒙ることになります。そこでこれではいけないと、行政官僚の出身者が国会議員になり、閣僚に出世して、国政を仕切ろうとしますので、ますます官僚王国みたいになっているわけです。
政官財の癒着構造
政界・官界・財界の癒着ということが問題なって来ました。政界と官界の癒着は、行政国家で説明しました。そこに財界が加わるわけです。財界は主に大企業の資本家、経営者たちで構成されています。財政の規模が大きくなりますと、公共事業などを誰が引き受けるかで、利権が発生します。あるいは経済の秩序を守り、公共の福祉を守るために、いろんな法的な規制が行われ、行政指導がなされます。つまり役所から許認可をもらわなければならないことが多くなるわけです。それで政治家や官僚にパイプをもっておいて、政治献金や接待・賄賂などで、財界は自分たちの利権の確保、拡大に血道をあげるわけですね。
そうすることで、政治献金が集まりますと政治資金が潤沢になって、選挙に有利です。そこで財界と太いパイプをもって政治資金を集めるのが上手な政治家が与党や有力野党内に金をばら撒いて、派閥をつくるわけです。与党内で大きな派閥を作りますと数の論理で、総裁になり、自分が首相になったり、少数派閥と連合してその指導者を総裁、首相にさせ、自分の派閥から重要閣僚ポストにつくようにするのです。
そういう実力者にはパイプを作っておくと法律作成や許認可で財界の利益になるようにしてもらえるということで、政治資金が集中し、その資金で派閥を太らせて政治を財界の利権のためのものにする傾向がつよかったのです。
これは派閥政治ですね。最近自民党は党内派閥は力を失っています。小泉純一郎は「自民党をぶっこわす」と叫んでいましたが、要するに派閥中心の自民党をぶっこわしたわけです。それは小選挙区制の効果ともいえます。一つの選挙区で一人しか当選しませんから、複数候補者は自民党でも立てられません。ですから各選挙区で自民党は単一候補者で戦うので、派閥争いができないわけです。それに総裁=首相が派閥を無視した人事を断行しますと、政治資金も派閥のボスへ流れないで、党組織に集まることになります。
でも財界の政治資金は主に自民党に流れていますから、自民党の政治が財界の利益を優先する癒着構造にあることに変わりありません。財政が危機で増税が必要となりますと、景気回復で大変な利潤を上げている大企業への法人税を増税するのではなく、一般サラリーマン所得税の大増税や大金持ちも一文無しも一律に課税する消費税の税率アップで賄おうとしています。法人税を引き上げれば、法人の利潤が圧迫されて、投資が控えられるので景気が停滞するということですが、大衆課税の場合は直接消費を減らしてしまうので、その方が景気への影響は直接的だと言えるでしょう。
官僚はさまざまな許認可権を握っていますので、財界は接待攻勢で官僚と癒着をはかります。また官僚が退官後に再就職先を提供することがあります。これを天下りといいます。天下り先は一般民間企業の他に特別会計から支出される特殊法人を作って、そこに再就職することもできるようになっています。もっとも最近は財政難なので、特殊法人が整理統合されたり、民営化されており、天下り先が少なくなってきているようですが。
また官界出身者は、自民党の長期政権で政界との結びつきが強いので、政界に進出使用とする人も多いのです。彼らは官僚の経験がありますので、政策通で与党の政策立案や、官僚とのパイプ役ができるわけです。官僚が与党政治家になると官界が政界を飲み込んでいるようにもみられますし、逆に政治家の官僚への支配がスムーズになるとも見られます。ともかく政界と官界が一体化しつつあるといえます。
ただ官界は縦割り行政といわれるようにそれぞれの省庁が人員や業務や権限、そして予算を減らさないように、できるだけ増やそうと縄張り争いをする傾向があります。傘下の特殊法人をたくさん作って天下り先を増やそうともします。しかし行政機構がこれ以上肥大化しますと、財政赤字がますます大きくなりますね。それで行財政改革の必要性が叫ばれています。
しかし省庁の利害を代表する官僚出身者などの族議員は、行財政の改革に抵抗する傾向があります。小泉改革は「小さい政府」を掲げて、そういう自民党の政官癒着構造も壊わして民営化や特殊法人の整理統合を進めようとしているのです。
行政委員会とは?
行政の民主的運営や効率的運営を目的として一定の独立性と中立性を保つ委員会形式の行政機構―人事院、国家公安委員会、中央労働委員会、公害等調整委員会、公正取引委員会など
オンブズマン制度―「代理人」の意味。行政監察官のこと、住民の苦情を受け、行政を点検し、是正勧告や意見表明を行ったりする。国として採用しているのはスウェーデン。日本では川崎市や沖縄県で導入されている。
地方自治と住民の福祉
イギリスのブライスの言葉「地方自治は民主主義の源泉であるだけでなく、その基本を養う小学校である」―つまり自分たちの町づくり、府県づくりを通して民主主義を身に着けて、国全体の民主政治を発展させることが大切なのです。
地方自治の本旨―団体自治と住民自治
第8章
第92条〔地方自治〕 地方公共団体の組織および運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。
第93条【地方公共団体の議会】 −1 〔団体自治〕地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
2 〔住民自治〕地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。
第94条【地方公共団体の権能】
地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
第95条【特別法の住民投票(レファレンダム)】
一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
直接請求権
@住民の有権者の一定以上の連署が必要です。 |
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|
必要署名数 |
請求先 |
手続き |
成立要件 |
条例の制定・改廃 |
有権者の50分の1以上 |
長 |
長が議会を召集し、提案 |
議会の過半数の可決 |
事務の監査請求 |
監査委員 |
監査委員が監査実施 |
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議会の解散 |
有権者の3分の1以上(議員の解職についてはその議員の所属選挙区内の有権者の3分の1以上) |
選挙管理委員会 |
有権者の投票 |
有権者の過半数の同意で解散・解職 |
議員・長の解職 |
||||
役員の解職 |
長 |
長が議会を召集し、付議 |
議会の議員の3分の2以上の出席で4分の3以上の賛成で解職 |
地方自治の課題
第一―財政の悪化―原因 バブル経済の崩壊とその後の長期不況、少子高齢化
第二―地方分権への対応 地方分権一括法成立2000年施行
国と地方の関係―対等・協力関係へ
第三―市町村合併―地方行政の効率化のため
第四―住民自身の地方自治への取り組み―ボランティアやNPO(Non Profit Organization)―開発反対運動、自然保護、リサイクル、地域活性化のための町おこし、住民生活向上のための住民活動
10世論形成と政治参加
政党の役割
政党とは、国民的利益の実現のために、政策や主張に共通点のある者同志が集まって、その政策の実現に向けての活動する団体です。そのために政権を担当したり、政権の獲得を目標として活動しています。
圧力団体は、特殊な集団の利益のために政府や政党に圧力をかけますが、政党は、主観的にはあくまで全国民の利益のために活動していることが建前なのです。ところで財界は、自民党と癒着していますので、自民党は全国民の利益より財界の利益を優先しているという批判があります。またかつて日本社会党は総評という労働組合の利益代表のように思われていたことがあります。全国民のための政党といえないという批判もありました。公明党が創価学会という宗教の信者の政治団体の性格が強いので、国民政党にふさわしくないという批判があります。
しかし全国民の利益のためにというのは、政党として存立するためには、主観的なものでいいのです。極端にいえば特定の宗教を国教にし、その教組を皇帝にすること目標にする政党があってもいいのです。それを全国民の利益であり、全国民を幸福にすることだと確信していれば、そういう政党を作ることは自由です。ただ大部分の国民はそういう政党を支持しませんから小政党に終わってしまいます。
政党は基本的な政治理念や活動目標を明示した綱領(プログラム)を掲げています。そしてそれを実現するための政策を作って国民に公約し、選挙公約・政権公約であるマニフェスト(宣言)が発表されます。国民は綱領やマニフェストに共鳴して政党活動に参加したり、支持したりします。議会制民主主義が機能している国では、国民の多数の支持を得た政党が、政権を担当します。政権を担当している政党を与党といい、それ以外の政党を野党と呼びます。
単独与党が政権を担当している場合は与党単独政権ですが、複数の与党が政権を担当している場合は連立内閣、連立政権といいます。現在の日本は自民党と公明党の連立内閣です。野党には第一党の民主党、共産党、社民党などがあります。
戦後特に1955年以降ほとんど自由民主党が政権与党の地位を保っています。そのために与党の政策に基づいて行政をする官僚と自民党のパイプが太くなり、政官癒着や、官僚による政治支配の体質が生み出されていると批判されています。また財界が自民党と癒着して資金面で支え、財界の利益を優先の政治が行われているという批判も強いわけです。
そこで野党は与党の政官財の癒着体質など与党政治を国民の立場から監視し、批判して、世論を国政に反映させていく重要な役割を担っているわけです。
政党助成金
また政党は特定の圧力団体に政治資金を頼る傾向があり、政治腐敗が起こりやすいので、企業献金や労働組合からの献金などの団体献金は禁止すべきであるという世論もあります。そこで団体献金に頼らなくてもいいように、政党助成法が1994年に制定され、国会議員数と得票数を基準にして国民一人当たり250円が配分されています。
2006年の政党交付金支給額(06年1月18日確定)
総額317億3,100万円。
自民党 168億4,600万円(+14億2,700万円)
民主党 104億7,800万円(−17億1,400万円)
公明党 28億5,800万円(−1億1,300万円)
社民党 10億600万円(−2,200万円)
国民新党 2億6,600万円
新党日本
1億6,000万円
なお日本共産党は政治資金は政党が自らの党費や機関代や政治献金によってまかなうべきで、税金を使うのは違憲だとして受け取りを拒否しています。たしかに政党政治が行われているとはいえ、政党は結社の自由に基づく自由な政治活動であり、憲法上の存在でもないので、支持してもいない国民に税金から献金を強制するのは問題があります。
1955年体制―1と2分の1政党制
自由民主党
1955年に日本民主党と自由党の二つの保守政党が合同し、自由民主党が誕生しました。初代総裁は鳩山一郎です。以来1992年まで長期政権を維持しました。15代総裁宮沢喜一まで一貫して自民党内閣です。
結党以来自主憲法の制定を党是としていました。憲法第九条を改定して自衛隊を憲法で認知させることを掲げてきたのです。日米安全保障条約により、日米同盟を形成し、アメリカの核の傘のもとでの安全保障体制の構築につとめてきました。経済面では港湾・道路などの社会資本整備を進めて高度経済成長の基盤を形成したのです。
日本社会党
1955年に左右社会党が統一して日本社会党になりました。日本社会党は、非武装中立を掲げて憲法擁護の国民世論を背景に野党第一党として活躍しました。支持基盤は総評など労働組合で、日本経済が高度経済成長を遂げる中で、護憲に必要な3分の1の勢力を維持するのがやっとで政権政党になるのは難しかったのです。90年代にし自民党・さきがけとの連立内閣を組むために自衛隊合憲論、日米安全保障条約堅持の立場に転換して支持基盤を失い、かえって小政党に転落しました。1996年以来社会民主党を名乗っています。
1960年代から野党の多党化
1960年代には日米安全保障条約の改定に反対する日本社会党から民主社会党が分裂し、やがて民社党となりました。民社党は日米同盟支持、反共野党の立場を鮮明にしてきました。90年代に新進党に合流してなくなりました。
また創価学会から公明政治連盟が誕生やがて公明党を名乗りました。公明党は、はじめは国立戒壇を掲げるなど宗教政党の色彩が強かったのですが、やがて政教分離を鮮明にして、国民政党に脱皮しました。しかし支持基盤の創価学会の影響が強いところがこの政党の限界と見られています。最近は自民党との連立に踏み切って与党化しました。
戦前から続く日本共産党は、戦後は戦前厳しい弾圧の中で軍国主義と天皇制に反対してきたことが評価されて支持を広げましたが、一時過激な暴力革命路線をとったために孤立し、1960年代に議会主義路線を鮮明にしてやっと勢力を回復しました。社会主義世界体制の崩壊の影響で打撃をうけていますが、現在は憲法第九条の擁護を掲げ、日米安全保障条約に反対する立場を堅持して、命脈を保っています。
55年体制の崩壊
自民党長期政権は、政・官・財の癒着構造を生み、金権腐敗政治の温床となり、汚職事件を生み出し、国民の支持をうしなっていきました。1970年代にはロッキード汚職、1980年代にはリクルート汚職など大規模な汚職事件の摘発が起こり、自民党は過半数の議席を維持することができなくなっていきました。それで1992年から、自民党から離党して新党を結成し、野党と連立内閣を形成しようとする動きが出たわけです。細川護煕の日本新党、竹村正義の新党さきがけ、羽田孜・小沢一郎の新生党などです。その結果宮沢喜一内閣不信任決議が可決し、38年間続いた自民党単独政権が崩壊し、非自民の細川連立内閣が誕生しました。
細川内閣は、自民党と妥協して、今までの中選挙区制を廃止し、小選挙区比例代表並立制を実現しました。そして福祉目的税の実現を目指しましたがこれには失敗し、金銭スキャンダルで8ヶ月で政権を投げ出しました。これを継承したのが羽田孜内閣ですが、新生党、日本新党、民社党などが社会党を除く形で統一会派「改新」を結成したため、社会党の反発を招き、社会党が連立を離脱したため少数与党内閣になり64日間の短命内閣に終わりました。
結局1994年社会党、自民党、新党さきがけの村山連立内閣が成立し、それに伴って社会党は非武装中立から日米安保条約堅持、自衛隊合憲論の大転向を行い、かえって国民の支持をなくしました。このときに野党となった旧連立の新生党、民社党、日本新党などは相次いで解党し、12月新進党を結成すしたのです。しかしこの新進党も小沢一郎に対する反発から1997年には分裂してしまいます。
一方1996年に新党さきがけの鳩山由紀夫と菅直人が中心に民主党を結成し、これが野党第一党となり、小沢一郎も2003年には自由党を解党して合流している。代表は鳩山由紀夫から菅直人へそして岡田克也さらに前原誠司と続き、若返りを図ったが、永田寿康のメール問題で責任を取らされて辞任、結局小沢一郎が代表に納まっている。