5.基本的人権の保障と新しい人権

                            基本的人権の保障

            人権と自由を守るそのために不断の努力何を為すべき

 『人および市民の権利宣言(フランス人権宣言)』で第16条に「権利の保障が確保されず、権力の分立が規定されていないすべての社会は、憲法をもつものではない」と規定されていましたね。

 その基準で考えますと、『大日本帝国憲法』は、権利は法律で規定されて始めて成立するという立場でしたので、主権者である天皇が法律の範囲内で「臣民の権利」として臣民に与えるものでしかありませんでした。つまり法律の規定次第で、当然認められるべき権利も制約されてしまうことができたのです。1900年の「治安警察法」では集会を取り締まり、1925年の「治安維持法」では結社の自由を制約したのです。ですから『フランス人権宣言』からみれば、『大日本帝国憲法』は憲法を名乗る資格がないのです。

  『日本国憲法』は自然法思想に基づき、人間には法律に規定されていなくても人として尊重されるべきであり、生まれつきの権利として当然認められるべき権利を持っているという立場に立って制定されています。そういう権利を「自然権」というのですが、『日本国憲法』では「基本的人権」という明快な表現を用いています。憲法というものは、ですから、先ず自然権の内容をはっきりさせて、これを守ることを国家の基本的な役割として規定しているものなのです。

 では『日本国憲法』は「基本的人権」というものをどのようなものだと規定しているのか、一般原理の規定を見てみましょう。

第十一条【基本的人権の享有と性質】 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

 「侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」この表現はしっかり脳裏に焼き付けて置いてください。基本的人権は普遍妥当性を持つ権利なのです。普遍というのは「どこでも、いつでも、誰に対しても」いう意味です。

 人権なんて近代なことだから、「何時でも」なら古代奴隷制の時代でも人権があったことになり、おかしいじゃないかと思いますか?「権利」というのは「事実(〜である)問題」という引き出し入っている概念ではなく、「当為(〜であるべき)問題」という引き出しに入っている概念なのです。こういう概念の引き出しのことを範疇(はんちゅう、カテゴリー)といいます。

 古代に奴隷として売買され、鞭打たれ、酷使され、不当に殺されたりしていた奴隷たちの境遇は、仕方ないこととして片付けていいでしょうか?やはり人権を蹂躙されていたあるべからざる状態として批判すべきですね。古代ローマ時代には前71年のスパルタカスの乱など奴隷たちの大規模反乱が起こりました。奴隷たちも決して心の中では、無権利状態を容認ばかりしていたわけではないのです。事実として権利が蹂躙されていても、当為としていつの時代にも人間である限り権利はあるべきだったのです。

 歴史を見る場合、たとえば秦の始皇帝や織田信長などに人気がありますね。戦国乱世を収めて統一に貢献した偉大なヒーローだというわけです。しかし両者ともおびただしい数の大虐殺を行いました。人権や人命など鴻毛より軽いと見ていたのです。そういう人が天下を治めた場合、どういう世の中になるでしょうか。秦は厳しい専制政治で人民の反乱を招き、15年しかもちませんでしたね。信長が天下を統一していたらと思うとぞっとします。歴史を見る目にも人権意識が必要なのですよ。

第十二条【自由・権利の保持義務、濫用の禁止、利用の責任】 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

 人権は普遍妥当性をもち、歴史を超えたものだとしても、実際に権利や自由が確立したのは近代になってからです。日本では人権という言葉は『大日本帝国憲法』にはなかったわけです。「臣民の権利」でしかなかった。やっと『日本国憲法』で確立したわけですから、油断しているとなくなってしまうかもしれません。たとえ憲法は変わらなくても、実質的にはなくなってしまうことも考えられます。ですから人権が蹂躙されたと感じたら、我慢ばかりしていてはいけません。それが慣行になってしまい、権利を回復することはなかなか難しくなってしまいますから、「不断の努力によつて、これを保持しなければならない」ということです。「不断の努力」とは中断しないで、ずっと権利を守るために頑張るということですね。

 しかし権利があるからといって濫用してはいけないということです。たとえば言論・表現の自由があるからといって、根拠もなしに人を非難・中傷してはいけませんね。相手の人格を傷つけることになります。不当に人格を傷つけられないという権利があります。自分の人権を行使することによって、他人の人権を蹂躙してはならないのです。

 たとえば最近はネットで根拠もあいまいなまま、人を非難・中傷することが多くなっていますから、これは基本的人権の侵害だからということで、ネットで主張したことが事実だと証明できなければ、刑事罰を科すという法律ができる可能性もあります。そうしますと、ネットに書き込んだことをネタに、それはウソの疑いがあるという理由で多くの市民が不当に逮捕されることも考えられますね。そうしますと言論の自由がなくなってしまうことにもなりかねないのです。

  お互いに自分の人権を主張し合って、なかなか折り合いがつかない場合、トラブルになりますから、そういう人権同士のトラブルは法律で調整するしかありません。法律で調整するとは、国民代表の原理で全国民の利益を代表していることになっている国会議員たちが法律で調整の基準を公正に定めることになります。調整する法律が整備されていなければ、民事裁判で判断してもらうしかないですね。裁判官の判断基準も結局国民全体の利益に立って見た場合に、どのように調整すべきかということになります。つまり「公共の福祉」 が基準だということですね。

 だから次に「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と規定されているのです。基本的人権は神聖で、侵すべからざるものだけれど、 互いの人権に基づいて自由に行動しあってぶつかったときに、公共の福祉に合致していなれば駄目だとするしかないのです。

第十三条【個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重】 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 第十二条では、権利や自由は公共の福祉のために利用する責任があるとされていましたね。つまり自分のことだけ考えて、みんなのことを考えないような身勝手な行動は困ります。夜浜辺で花火遊びをするのはいいけれど、深夜まで及んだり、アパートや家の方に向けて打ち上げたりすると大変迷惑しますね。だから公共の福祉に配慮して行動すべきですが、公共の福祉に反しない限りは、それぞれの個人が自分の判断で個人として行う生きるための活動、やりたいと思うことをすること、幸福を求めて行うことはその人格を尊重し、最大限やらせてあげるようにすべきです。「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」ということですね。ほら「フランス人権宣言」の「第四条 自由は他人を害しない限りすべてをなし得ることに存する」です。

 「個人の尊重」を憲法に掲げて、国家は国民一人ひとりの命や自由や権利や幸福を大切にするのだということを宣言しているわけですね。ですから北朝鮮に拉致されている人がたとえ数人でしかなかっても、たった一人でも、総力をあげて救出するように働きかけるべきなのです。また国内でも老母のケアのために仕事もできなくなって、追い詰められて老母を殺して、自分も死のうとした事件がありましたね。そういうことのないように、国民の最低限度の生活は保障できなくてはならないのです。そういうことが大切ですね、追い詰められている一人ひとりを国家が救うことができてこそ、国家の存在意義があるわけです。

第九十七条【基本的人権の本質】 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

 基本的人権は普遍妥当性のある権利という意味では。歴史を超えているのだけれど、やはりそれが憲法や法律などの形できちんと保障されるようになったのは、人類が自由のためにたたかってきた血と汗の結晶です。『日本国憲法』ができたのも、 もちろん国内の自由と民主主義を求める人々の圧政下での苦闘の連続もありましたが、それだけではありません。日独伊などの人権を認めないファッショ的な勢力に対して、自由と民主主義を守る勢力が戦って、大日本帝国が崩壊したことによって生まれたわけです 。だから、世界中で流された世界大戦での犠牲者の血で贖われているということです。ですからそのことも踏まえて、基本的人権が再び損なわれるようなことのないように、努力を続けなければならないわけです。

 

                    自由権1精神の自由

              物言えば唇寒き時代にはいつしか重き銃を手にせり    

 自由権は精神の自由、人身の自由、経済の自由の三種類に分類されます。
精神の自由から見ていきましょう。

第十九条【思想及び良心の自由】思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 ホッブズは『リヴァイアサン』で思想や信教に関しては内心で考えることだから、禁じようがないとしています。ですから英国教会に属して、英国教会で礼拝することは強制できても、心の中でピューリタンの信仰を持つことは禁じようがないわけです。ではこの条文は何の効力もないかというと、そうではありません。他人の思想・信条に干渉し、そのことを理由にさまざまに不当な差別をすることに対して規制する力になるからです。

 特に政府や自治体が思想・信条を理由に国民や公務員を差別することを禁止する効果があります。ただし「三菱樹脂訴訟」というのがありまして、最高裁判決で「人権規定は私人相互間には原則として直接適用されることはない」とし、その上で、「雇用契約締結の際の思想調査およびそれに基づく雇用拒否が当然に違法となるわけではない」とされたのです。

 この事件は、原告高野達男さんが採用試験で学生運動に参加していたことを否定していたのが、虚偽だったと分かりまして、試用期間が切れたときに解雇されたのです。しかし元々思想信条は自由なのですから、それで採用を決めるような質問をすることが、憲法十九条に違反していますし、「第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」にも違反しているわけです。ですからたとえその際に虚偽の答えをしたとしても解雇されるいわれはないと原告は考えたのです。1967年の東京地裁や1968年の東京高裁の判決では原告が勝訴しましたが、やはり最高裁ではひっくり返ったのです。

 つまり最高裁の理屈では憲法は国家権力が国民の権利を抑圧するのを防止するためのものであり、私人間には直接適用されないのだということです。ということは憲法は人権を守るといいながら民間で人権が蹂躙されても守ってくれないということでしょうか。

  私人間では公権力ではないので、会社が思想や宗教が同じ人を採用したりすることに対して、それが嫌ならそういう会社に入社しなければよいので、会社がそういう採用の仕方をしたとしても、思想の自由を侵害したことにならないという判断なのです。しかし企業と労働者の間には圧倒的な力の差がありますので、権力的な関係が成り立っていて、直接適用できなくても、思想で差別するのは公序良俗に違反するとして、解釈・運用などで憲法の趣旨を生かすべきだという間接効力説もあります。

 その場合はどの程度憲法の趣旨に沿うべきかは、ケースバイケースということになり、会社の性格である程度思想で選ぶのに合理性のある場合は、思想調査や思想による採用・不採用も必ずしも違憲ではないことになります。

 しかし実際には労働組合運動を抑圧するために思想で不採用にすることが多いですから、それなら不当労働行為だという批判があります。

第二十条【信教の自由、国の宗教活動の禁止】

信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 この規定はまず『大日本帝国憲法』の規定と比較しておく必要があります。第二十八条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス 」、1870年「大教宣布」が発せられ、神道が国教となっていました。そして天皇はその主神天照大神の御子として神々と人民を支配する現人神でした。ですからたとえ他の宗教を信仰していても、天皇を神聖にして侵すべからざる存在して尊崇し、天皇陛下の命令には絶対に服従しなければならないというのが「臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ」ということなのです。

 そうしますとキリスト教のような一神教を信仰していますと、天皇を神だとする『大日本帝国憲法』などの立場と相容れませんね。そこでやはりキリスト教は禁教にすべきではないかという声もあったのです。ですからキリスト教会では天皇の写真を飾ったりして、天皇を尊崇していることを示したりしていたわけですね。それにもしキリスト教を禁教にしますと、欧米諸国から野蛮国とみなされ、不平等条約の改正ができなくなってしまうということもありました。それでキリスト教の布教は容認されたのです。

 当然国家神道は国教なので官幣社と呼ばれ国立神社のようなものでした。天皇が神社に行くときは天照大神のように神の格が天皇より上でないと参拝とはいいません。行幸というわけです。靖国神社に首相は参拝しますが、天皇は行幸するわけです。ただしA級戦犯が合祀されてからは天皇は行幸されていませんが。

 この天皇の行幸拒否というのはすごいダメージなんですよ、靖国神社にとっては、その理由わかりますか?天皇陛下のために戦って死んだのに、天皇が行幸しないのはとんでもない裏切りだと思われるかもしれませんね。でも天皇にすれば、A級戦犯のせいでとんでもない負け戦に引きずり込まれたと被害者意識があったのかもしれません。どうしても合祀しているところへは行けなくなったようです。

 天皇が行幸しないとそれにもっと困ることがあるのです。それは英霊が神として祀られているわけですが、英霊が神に成れるのはどうしてかということですね。それはお国のため、天皇のために死んだから神に成れるとという理屈ですが、それだけではなく天皇が祀るから神だという理屈もあるのです。

 祀る神と祀られる神の関係で、祀る側が神であることで、祀ることで神性を付与できるということです。天皇はその意味で祀る神であり、神性の根源なのです。天皇に祀られて英霊は護国の神となるという構造です。その天皇が祀らなくなったのでは靖国の英霊たちの神性を弱めることにも成りかねないということですね。もっともこれは宗教的なことですから、別の理屈で英霊は神だといくらでもいうことはできるでしょうが。

 靖国神社は臣民を戦争に動員するための強力な武器になったのです。だれも戦争に行って死にたくはないですよね。でも日本が戦争していて、多くの人々がお国のために戦って死んでいるのに、自分は命が惜しいから戦争に行きたくないなんて身勝手だという理屈ですね、これを小さいときから徹底的に教え込まれた、その代わり戦争で天皇陛下のために戦って死んだら靖国神社に祀られて護国の神に成れるのだということです。学校というところも靖国神社以上に戦争に国民を動員する強力な武器だったのです。
                             

                  

戦前の政府による広報誌に掲げられた言葉
(写真週報第266号)
靖国に遺児を集め、「決してお父様の名を恥かしめぬやう」諭す、A級戦犯となった東条英機。

    

 『教育勅語』には一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ジ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシとあります。「いざ有事のときは義勇心を発揮して天皇のために戦いなさい」という意味です。また『軍人勅諭』も小学生から暗誦させられたのです。そこには死は鴻毛よりも軽しと覺悟せよとありました。そう考えてお国のためだと戦って死んだ人を神格化して祀れば、戦争で死ぬことが大変神聖なことであると賛美していることになるということで反対している人もいるわけです。

 戦争のために戦って国の犠牲になることが神聖なことだといえるでしょうか?そういう考えは戦争を肯定しているようにうけとめられかねません。そういう考えは、敗戦によって捨てて、戦後日本は国家による戦争を否定する絶対平和主義の立場に立っているのはずなのにという意見も強いのです。

 近代日本の歴史は東アジアに大日本帝国の勢力圏を拡大することによって富国強兵を図ろうとした歴史です。この侵略戦争や植民地支配を過ちとして反省し、多大な犠牲を強いたアジアの人々に謝罪を繰り返しているわけですね。そういう侵略の先兵として戦わされた人々を神として賛美し、神社に祀るということは、戦争をまともに反省しているとは言えるかどうか疑問視する向きもあるのです。

  現在は政教分離ですから、靖国神社は官幣社ではありません。ですから、国のために戦って犠牲になったこと自体はたとえ侵略戦争だったとしても尊いのだといって、民間で祀るのは勝手です。でもそこに総理大臣の名で参拝するのは、国のために戦うことを政府が賛美することであり、平和憲法の精神にはそぐわないという批判もあります。

  この憲法第二十条の「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」という規定は戦前のように神社を官幣社にしてはいけないということですね。天皇が神性の中心にある神社神道をいったん解体して、民間信仰に返したのです。そして天皇自体は神ではないという人間宣言をしています。ですから天皇は象徴として敬愛されるべき存在ではあっても、神として崇拝される存在ではないのです。

朕ト爾等國民トノ間ノ組帶ハ、終止相互ノ信頼ト敬愛ニ依リテ結バレ、單ナル神話ト傳説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神(アキツミカミ)トシ旦日本國民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル觀念ニ基クモノニ非ズ。」(1946年元旦「新日本建設に関する詔書」より)

 天皇が神であり、日本はその神を国家の統治者にしているから世界に冠たる民族であるという考え方があって、これが侵略戦争を合理化し、神聖化してきて、すべての国内の批判を封殺してきたわけです。ですから天皇を頂点にいただいてきた神社神道を民間に戻し、国家権力と切り離すことが、日本の政教分離の中心なわけです。

 近代国家の大原則のひとつに政教分離の原則があります。それで「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」ですから戦争犠牲者に哀悼の誠を捧げるという儀礼を国や国の機関がする場合は、無宗教の形式でしなければなりません。特定の宗教の形式でしてはいけないということですね。それで靖国神社に国の機関の代表者の名前で参拝するのは憲法違反でないかという判例もいくつも出ています。しかし 慰霊の形式が宗教的な色彩を帯びるのは慣例なので、そのことによって信教の自由をおびやかされたり、特権を与えられたりするのでなければよいという判例もあります。

 「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。 」とありますが、宗教について教えてはいけないということではありません。「宗教教育」というのは特定の宗教の教義を教え込んで、信者にするような教育はいけないということです。宗教は社会的・文化的・政治的に大きな影響力がありますし、教育的にも各宗教の教えから学ぶべき点はたくさんありますね。それに宗教によっては信徒を反社会的な危険な行動に駆り立てる場合もありますから、宗教的な教養はしっかり見につけさせることが重要です。現在の日本人には、宗教的な常識的知識すらもっていない人が多すぎます。そういう人々がカルト教団に洗脳されやすいといわれます。 

第二十一条【集会・結社・表現の自由、検閲の禁止、通信の秘密】

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

  「集会の自由」は国民が自分たちの意思表示を示すための重要な手段で、集会の自由が失われると、恐怖独裁政治になってしまいます。明治時代には自由民権運動に対して集会条例などで警察官に集会を解散させる権限を与えたりしました。そして1900年の治安警察法は集会の取り締まりが主目的でしたが、ストライキも全面禁止していました。

 新憲法の下で1952年5月1日の「血のメーデー事件」は皇居前広場での集会禁止に反発して起こりました。この広場ではメーデー集会が認められていたのがGHQに禁止されていたので、占領が終了したので政府に許可を求めたのですが、政府は許可しませんでした。それで明治神宮のメーデー会場から皇居前広場に向かったのです。これに対して警官隊が発砲し、2名の死者と千数百人の負傷者がでました。この不許可が合憲かどうか裁判になりましたが、「公園の管理保存に著しい支障がある、とか、他の国民の利用が妨げられる等の理由によって為されたものであり、適正な運営を誤ったとは認められない。」(1953年最高裁判決)となりました。要するに「公共の福祉」の観点から集会の場所を変更させられる不利益より、皇居前広場の公園管理上の利益の方が重大であると政府が判断したのは違憲ではないという判決です。

 「結社の自由」については『大日本帝国憲法』の下では1925年に制定された『治安維持法』がありました。1928年の改正で次のようになりました。
「1928年治安維持法中左ノ通改正ス 第1条

@ 国体ヲ変革スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ結社ノ役員其ノ他指導者タル任務ニ従事シタル者ハ死刑又ハ無期若ハ5年以上ノ懲役若ハ禁錮ニ処シ情ヲ知リテ結社ニ加入シタル者又ハ結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ2年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス

A 私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者、結社ニ加入シタル者又ハ結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ10年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス

B 前2項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス」

  この治安維持法は戦前の日本共産党に適用されましたが、実際は共産党の指令下で動いていたことを認めさせて、労働運動や社会運動や文化運動などの諸団体の活動家が逮捕され、投獄されました。作家小林多喜二や経済学者野呂栄太郎などの著名な文化人も逮捕される拷問で殺されました。またまったく共産党とは縁のない自由主義者も共産主義の温床として、追及されるようになったのです。

  『日本国憲法』の下では1952年に制定された「破壊活動防止法」があります。暴力的活動によって目的を遂げようとする団体の活動を取り締まり、場合によっては解散させることもできます。これは朝鮮戦争の時期に共産党の一部の人が暴力革命を唱え、火炎瓶闘争などを行ったことがあったので、共産党がやはり対象になりました。その他暴力革命を唱える過激派も対象になっています。捜査などは公安調査庁が担当しています。最近ではオウム真理教なども対象になりましたが、解散命令まではだしたことはありません。

 言論の自由を守るということは大変なことです。現在「ネット右翼」が跋扈していまして、日の丸君が代問題、靖国問題や教育基本法改正問題、憲法問題などでネット上で書き込みますと、ネット右翼と呼ばれる人々が執拗に反論の書き込みをしてくることがよくあります。もちろん言論の自由を認める限り、反論されて当然ですが、度が過ぎる場合は困りますね。

 言論や出版の自由に関して、公に発表する以上は確かな論拠が必要で、重大な事実誤認は駄目ですね。特に言論で他人を批判、暴露する場合は、しっかりした事実に基づいて批判すべきです。

 また他人の言論の内容が気に食わないからといって、暴力に訴えては絶対にいけません。あくまで言論には言論で対抗すべきです。最近ですが、小泉首相の8月15日靖国神社参拝を批判した加藤紘一衆議院議員の自宅に右翼団体の幹部が放火したらしい事件が起こりましたね。90歳の母が散歩中で危うく助かりましたが、恐ろしいことです。

 右翼による言論などへのテロは1987年の朝日新聞阪神支局襲撃事件があり、小尻知博記者が散弾銃で殺されました。犯人は赤報隊を名乗り、反日世論を育成してきた罪を問い「およそ一人殺せば死刑となる。まして日本民族全体を滅亡させようとする者にいかなる大罰を与えるべきか。極刑以外にない。」という論理で犯行声明を発表しました。

 1961年には中央公論の嶋中鵬二社長宅に押し入り、奥さんに重傷を負わせ、女中さんを刺殺する事件が起こりました。これは『中央公論』1960年12月号に深沢七郎作「風流夢譚」が掲載されたからです。革命が起こって天皇一家が処刑されることを夢に見たという話でした。この事件は1960年10月に日本社会党の淺沼稲次郎委員長が17歳の右翼少年山口二矢に日比谷公会堂で刺殺された四ヶ月後でした。淺沼事件も言論テロです。淺沼委員長は中国で「アメリカ帝国主義は日中人民共同の敵」と言っていまして、そのことへの反発でもあったのです。

 1990年本島等長崎市長が狙撃され瀕死の重傷を負いました。彼は天皇に戦争責任があると語っていたのです。

 出版の自由に関してですが、他人のプライバシーを侵害するような内容の書物は出版が差し止められることがあります。1992年に柳美里作の自伝的小説『石に泳ぐ魚』で顔に腫瘍のある友達のモデルになった人がプライバシーを侵害されたと出版差し止めと損害賠償を求めて訴訟して認められたのです。

 プライバシーの権利が公的に認められたのが三島由紀夫作『宴のあと』訴訟です。元東京都知事の有田八郎がモデルにされてプライバシーを侵害されたとして、損害賠償を請求して認められたのです。

 イスラム教を侮辱したとして物議を醸した小説『悪魔の詩』の翻訳者で、筑波大助教授の五十嵐一さん(当時44)が91年、筑波大構内で刺殺された事件が時効になりましたが、犯人が国外逃亡していると見られるので、その期間は時効が停止しています。

 検閲についてですが、検閲とは出版前に公権力が内容を調べ、問題箇所の書き直しを要求したり。伏字にしたりします。戦前は内務省がしていました。戦後GHQが教科書の軍国主義的内容を墨を塗らせました。現憲法では検閲はできませんが、教科書に関しましては文部省(文部科学省)が、内容が基準を満たしているか、事実誤認がないかなどをチェックして、書き直させています。これが戦前の検閲ではないかということで、家永三郎教科書裁判が行われました。

 東京教育大学教授家永三郎の『新日本史』に対して、検定の中身が単に誤植の訂正にとどまらず、たとえば近代の日本の中国侵略を「侵略」と表現したら不合格とか、明らかに行過ぎた党派的な見解で不合格にしていたので、訴訟になったわけです。裁判では検定制度自体は違憲にはなりませんでしたが、一部の行き過ぎについては、違憲だということになりました。


第二十三条【学問の自由】学問の自由は、これを保障する。

  学問の自由がなくなり、為政者の支配に都合のよい学問しかできなくなったら、為政者を批判してやめさせるというのは非常に困難になります。また自由に研究し、自由に批判し合えてこそ、学問の発達もありえます。

 この問題は、ヨーロッパ中世においてローマ・カトリック教会やローマ法王の権威が絶対的であったのですが、教会が認めた教義に反する学問は異端として糾弾され、火あぶりにされました。コペルニクスは宗教裁判にかけられるのを恐れて死の直前まで地動説を発表しなかったといいます。ジョルダーノ・ブルーノは無限宇宙論を説きましたが、それでは神の居場所がないということで、火あぶりです。ガリレオ・ガリレイは地動説を支持して裁判にかけられ、撤回させられましたが、「それでも地球は動く」という名台詞を残したという話がありますが、それはフィクションのようですね。

 19世紀はダーウィンの世紀と呼ばれますが、これは『バイブル』の「創世記」と矛盾しますから、ながらく教会と対立してきました。現在でもキリスト教原理主義が強いアメリカの州ではダーウィンの進化論を学校で教えることを禁じているそうですね。でも「創世記」によりますと、天地創造は現在から五千年ほど前になります。それ以前の化石などはどう説明するか分かりますか?一億年前の化石も五千年前に神が創造されたということになりますね。わざわざ化石を創造するなんて、想像できますか?

 ともかく学問に対して政治や宗教が介入するのはとんでもないことです。『大日本帝国憲法』には「学問の自由」なんて言葉はありません。ですから為政者に都合の悪い研究は弾圧されました。代表的な例をあげましょう。

1892年 「神道は祭天の古俗」事件―歴史雑誌「史海」に掲載された帝国大学文科教授久米邦武の論文を不敬とする声が神道界から巻きおこり、久米はその職を追われました。「神道は祭天の古俗」と題したこの一文は三種の神器や伊勢神宮の起源を論じたもので、実はこの前年に学術誌「史学会雑誌」に発表したものの転載でした。「学問と教育とは別」とする文相・森有礼の方針が、専門誌ならよいが一般向けの雑誌では不敬になる、という同一論文に対する異なった反応をひきおこした筆禍事件といえます。


1920(大正9)年森戸事件ー東京帝大の経済学部助教授森戸辰男が「クロポトキンの思想の研究」を発表したのに対して危険思想と攻撃され、失職し、禁錮三ヶ月、罰金40円の刑に処せられました。クロポトキンというのはロシアの無政府主義者です。

1928(昭和3)年 河上肇事件―京都帝大経済学部教授がマルクス経済学を研究していたので赤色教授として排斥され、自ら辞職した。

1933(昭和8)年 滝川幸辰事件―「トルストイの『復活』に現れた刑罰思想」などで、犯罪者に刑罰で報復する前に、犯罪を生む社会や国家を問題にすべきだと述べたのに対して、「赤化教授」として排斥しました。別に共産主義ではなかったのですが、自由主義は共産主義の温床だとか言われて攻撃されたのです。結局『刑法読本』などが発禁処分とされ免官になりました。それで京大の法学部教授8人と助教授13人が抗議の辞職しました。
1935(昭和10)年  天皇機関説事件―東京帝大教授美濃部達吉の天皇機関説が天皇主権を否定しているので、不敬罪にあたるとして、貴族院議員を辞職させられ、著書を発禁にされた事件です。

 天皇機関説というのは「天皇が国家統治の主体であること(=天皇主権)を否定し、統治権は法人である国家に属し、天皇はその最高機関として統治権を行使するという学説」で学会では通説でした。つまり国家という生きた全体があり、この国家が主権者として人民を支配するにあたり、最高機関として統治権を行使するのが天皇だということです。

  天皇主権説との違いが分かりますか?天皇主権説だと「朕は国家である」みたいなもので、三権も軍隊も天皇の一部みたいに捉えられるわけです。そうしますと何もかも天皇に跳ね返ってくるみたいで、各機関が、それぞれの権限で以って行動することができませんね。議会は法律案を作成し、内閣は行政を行い、裁判所は裁判し、軍隊は国防に努める、それらを最高機関の天皇が統括しているということで、はじめて天皇も「よきに計らえ」でいけるわけです。そして余程まずいことをどこかの機関が行えば、天皇が注文をつければいいということです。

 昭和天皇は美濃部達吉の天皇機関説を支持していましたので、右翼や軍部や議員が排斥運動にやっきになるのをにがにがしく思っていたのです。「軍部にて機関説を排撃しつつ、しかもかくの如き自分の意志に悖る事を勝手に為すは、即ち朕を機関説扱と為すものにあらざるなきや」と排斥運動を批判されていたのです。ですから美濃部は最後まで公職を辞職しませんし、司法も起訴猶予にせざるをえなかったのです。政府は「国体明徴声明」を出して、天皇機関説を否定しました。神である天皇が国家であるということで、日本は神国だから、日本のすることは正しいということで、日本に従わない中国をやっつけるのは当然ということになったわけです。

1940(昭和15)年 津田左右吉事件―『古事記』『日本書紀』などの神話は史実ではなく政治的な作り話だという立場の実証的な古代史研究家津田左右吉の著作が発禁になった事件です。ということは神話は史実だということで研究しなければならないということになり、学問として成り立たなくなりますね。

 戦後の歴史学は学問の自由が保障されていますので、神話がそのまま史実とは考えません。歴史教育でも神話を史実として教えないようにしています。ところでそのせいで日本神話を教えないということに成ってしまっていますね。これも大問題です。神話は史実ではないけれど、日本の国や日本の文化を考えるときに日本神話を知らないというのは困ります。史実とは区別して日本神話をきちんと教えるべきです。そのさいどうしてそういう内容になったのか、神話に籠められた為政者や民衆の意図や願いを読み取ることも必要です。

                 自由権2人身の自由

               
身に覚えなくても果て無き取調べ精魂尽き果て筋書き通りに

第十八条【奴隷的拘束及び苦役からの自由】何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

 人間は自由な人格として認められていますから、奴隷のごとく拘束されることは人権に反します。拉致監禁されたり、人身売買されたり、意に反する苦役を課せられることはないわけです。最近女性を自宅やマンションの一室に拉致監禁して、長期間帰さないような事件がよく起こっていますね。北朝鮮による拉致事件は組織的に行われた国家犯罪ですが。

 人身売買でよくあったのが親が経済困難に陥った場合に、借金の肩代わりに売春業者に売り飛ばされることでした。これは1956年に売春防止法が成立しまして、ほとんどなくなっています。 現在でも東南アジアなどではありますし、子供が欲しい人が貧しくて育てられない人から幼い子供を買い取る例もよくあります。フィリピンから日本に出稼ぎに来ている人の中には、その仲介者が人身売買に近い形で斡旋しているような例がありますね。

 意に反する苦役は、日産自動車で労働組合の活動家が本来の業務から外され、草むしりばかりやらされたり、小さな円を描いてその中で立っているのが仕事みたいな業務を言いつけられていたひどい例があります。もちろんこれは労働基本権の侵害にもあたります。一応企業と雇用契約があるので、上司の命令に従う義務がありますが、採用時に示された業務をするために出社しているのですから、意に反して別の仕事ばかりやらされるのは苦役ということになります。

 もちろん本来の業務であっても、過密であったり過度の長時間であったりして、受忍限度を超えている場合は苦役になります。ですから「企業戦士」などといわれて働きすぎのサラリーマンがいますが、その結果過労死や家庭崩壊などの悲劇が起こっています。たとえ本人が自主的にやっていたとしても、過度の競争に追い詰められた結果ですから、それらも苦役の結果とみることができます。 

第三十一条【法定手続の保障】何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 この原則を「罪刑法定主義」と言います。法治国家では法律に定めていなければ罪とされることはなく、法律の定めになければ罰せられることがありません。ですから公共の福祉を守るために、当然罰せられるべきことであっても、法律がそのことを禁止し、罰を定めていなければ、犯罪として処理されないということです。法律に定められていないいけないことは道徳や倫理の問題として本人のこころがけや、地域社会や組織の決まりとして拘束されることになります。

第三十二条【裁判を受ける権利】何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

  この裁判はもちろん秘密裁判ではありません。公開の裁判を受ける権利ということです。裁判も受けられないで、長期に留置所や刑務所に監禁されるのははなはだしい人権無視です。

第三十三条【逮捕に対する保障】 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

 現行犯逮捕は、すり・かっぱらい・痴漢・暴行などといったその場で逮捕しないと訴追しにくい行為については、逮捕礼状なしにその場で逮捕できます。警察官だけでなくだれでも現行犯を逮捕することができるのです。
 逮捕状を発令するのは裁判所です。

第三十四条【抑留・拘禁に対する保障】何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

 
 戦前は治安維持法に基づて「予防拘禁」されました。つまり問題を起こしそうな人々を予め大嘗祭などの行事の前に逮捕しておくということです。

代用監獄

 逮捕された被疑者は警察では48時間以内に取り調べを終えて、送検されます。検察官は24時間以内に取り調べます。その間警察の留置所に拘禁されるのです。それが終わりますと、拘置所と呼ばれる刑事施設に収容されるのですが、起訴まで10日間拘置所に拘置して取り調べることができます。そしてやむを得ない場合、さらに10日間延長できますので、最大23日間取り調べることができます。これは一つの罪名に関してですから、別件で逮捕していろいろな罪状で取り調べればいくらでも延長されることになりかねません。110日間や330日間という例もあるそうです。

 「代用監獄」というのは、警察の留置所を拘置所の代わりに使うということです。拘置所なら取調べ時間に制限もあり、被疑者の人権も守られやすいのですが、警察の留置所では長時間の執拗な取調べで無理やり自白に追い込むことになり易いので、冤罪を生む温床だと言われています。さきほどの110日間や330日間の拘留も代用監獄で行われました。これは疑わしいと目星をつけた被疑者を長期拘留によって自白させることによって解決しようという捜査のあり方に問題があります。長期間の拘留による自白というのは、肉体的にも精神的にも被疑者は追い詰められますから、任意性が薄くなり、一種の拷問による自白に近くなっていきます。なお国連人権委員会から「代用監獄」の廃止を勧告されています。

第三十五条【住居侵入・捜索・押収に対する保障】

何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

第三十六条【拷問及び残虐な刑罰の禁止】公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁止する。

 『大日本帝国憲法』にはこの規定がありません。治安立法などで捕まりますと、特高警察による恐ろしい拷問が待っていました。
現在の拷問についてはサイトから引用します。

肉体的拷問
 拷問の定義は難しいが、ここでの拷問は理不尽に人を追いつめる行為とする。以下の年は、取り調べのあった年である。

 顔をなぐる:70年(一審無期懲役)、81年、82年       頭をつかむ:70年(一審無期懲役)、70年、73年
 その他の部分への暴行:70−82年まで6例          大声でどなる:全期間20例以上
 食事の制限:71−82年まで8例                 便所の制限:71年
 運動の制限:全期間20例以上       風呂の制限:全期間10例以上       治療の制限:全期間10例以上

 食事の制限は、取り調べしたまま食事させることや時間を制限(夜遅くや夕方早くなど)する、または差し入れを許可しないことをいう。ちなみに代用監獄での食事(官弁)は、「弁当箱を傾けて、トントンとたたくと、飯の量が半分になるくらいで、おかずは少ない漬け物だけ」であるそうである。
 運動の制限は、ちょっとストレッチするとか、伸びをするようなこと、足を組んだりすることも制限されることである。これが長時間続く。
 治療の制限とは、ストレスから来る病気、官弁だけによる栄養不足からくる病気、その他の病気に対して、医者に見せないことをいう。中には、獄死を覚悟した人もいた。

精神的拷問
 精神的拷問は、恫喝につきる。内容は、家族に迷惑が及ぶ系のもの、刑が重くなるというものというのが定番のようだ。前者は、「村八分だ、お前の罪を言いふらして家族の職をなくしてやる、子供を学校にいけなくしてやる、家族を取り調べてやる」等(70−77年10例)。後者は、「認めないと死刑にしてやる」(70−82年15例)。
 特に前者で巧妙な例として、「お前がやっていないとすると、お前の家族で車の免許を持っているのは弟だけだな」という言い方をして、暗に弟を逮捕するぞと恫喝したケース(73年)や、別件の車窃盗の件で、「お前のオヤジは盗んだ車が自宅にあるのを知っていたはずだから、逮捕してやろうか」と言って、逮捕状と書かれた紙に親の名前が書いてあるのを見せられたケース(71年)がある。

自白の誘導
 71−82年に4例。その方法は、警察の思惑から外れた答えだと「思い違いだろう」とか、金額を聞くときは「〜万か?それとも〜万か?」と聞いて、うんと答えさせるとか、中にはあからさまに「ヒントを教えてやる」(82年)ということもある。

接見妨害
 家族や知人や弁護士との接見を妨害する。また差し入れの不許可などもある。これの効果は絶大で、心許せる人と会えずに数日〜数十日も自由を拘束されて取り調べを受けると、ある人は疑心暗鬼になり、ある人は警官に救いを求め、迎合するようになり、ある人はストレスで病気になり、そして殆どの人はどうあがいても、認めない限りだめだという気持ちになるようである。
 家族との全面面会禁止は71−82年に6例あり、3月に1回15分程度(69年、二審まで懲役12年)などの多大な制限を含めると、10例を越える。 ある人は、家族が大きな心の支えになったという反面、家族がしっかりしていないと、警察に利用されるという意見もある。
 そして弁護士を雇おうとすると、「金が莫大にかかる」「一家の財産を食いつぶされるぞ」と言われる。その結果、弁護士を解任した例(71年)もある。またひどいのになると、「弁護士雇うから、家族に連絡してくれ」と言っても、無視された(73年)こともあったようである。

終わりに
 ここに挙げた例は、新しい例でもいまから20年ほど前のものであるが、この時代の取り調べと現在とでは、そう変わっていないだろう。
 警察がこのような取り調べをするときというのは、世間的に騒がれた事件や、犯人を長期間逮捕できずに、警察が世間の非難にさらされたときが多いようである。

 なお 残虐な刑罰には死刑が入るので、死刑を廃止すべきだという意見もあります。
 

第三十七条【刑事被告人の諸権利】すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

第三十八条【不利益な供述の強要禁止、自白の証拠能力】

何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。

何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

第三十九条【刑罰法規の不遡及、二重刑罰の禁止】何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

第四十条【刑事保障】何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

                                     自由権3 経済の自由

                      金持ちが納める億の税よりも庶民が納める万の重きを

 次に「経済の自由」に入ります。経済の自由は、各人が私利私欲のために自由に活動をしてもよいということですので、そのことによって公共の福祉が阻害されるようなことになっては困ります。ですからもっとも「公共の福祉」の制約を受けやすい自由だといえます。

第二十二条【居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由】 1何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

薬事法訴訟違憲判決 最高裁大法廷 1975年
薬局開設が既存の薬局との一定の距離内では営業許可しないとする配置基準に反するとして不許可処分とされたのは、憲法第22条の職業選択の自由に反するとして裁判。薬局配置の偏りが、不良医薬品の供給や医薬品濫用の弊害を招くことは、距離制限を設けるための必要かつ合理的な理由とまでは言えない。よって距離制限は憲法第22条1項に反し、処分は無効であることになった.
 

第二十九条【財産権の保障】
財産権は、これを侵してはならない。
財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律(民法第一編)でこれを定める。
私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

 日本は資本主義国ですから、私有財産制に基づいています。財産権の保障は市場経済の大前提です。しかし「市場の失敗」という言葉もありますように、あまりに経済を自由放任にしますと、貧富の格差が大きくなり、ごく一部の人に富が集中するために大部分の人は貧しくなりますと、市場全体の需要が減少して経済は停滞することになります。むしろ貧富の格差を小さくして、できるだけ多くの人に富が行き渡るようにしたほうが、経済は活発になり、ほとんどの人々が活発な経済活動ができるようになり、豊かな社会が築けるということもあるわけです。そこで1919年ドイツの『ワイマール憲法』では第153条で「B所有権は義務を伴う。その行使は、同時に公共の福祉に役立つべきである。」とされました。『日本国憲法』もその精神を受け継ぎ、財産権は保障しながらも、貧富の格差を少なくする政策を政府が取りやすいようにしているのです。それが「2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律(民法第一編)でこれを定める。 3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」の規定です。
 具体的には、所得税の累進課税制で所得が大きい程、所得税率が高くなるようになっています。これは所得に比例して所得税が大きくなるのではありませんよ、所得税率が大きくなるということです。この高所得者からの税収を社会保障制度によってできるだけ低所得者の福祉に使うようにすれば、所得格差の拡大を抑える効果が期待できるわけです。

第三十条【納税の義務】国民は法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

 国民の三大義務の一つが「納税の義務」です。後二つは「その保護する子女に普通教育を受けさせる義務」と「勤労の義務」です。帝国憲法では、「兵役の義務」というのもありました。『日本国憲法』では戦力不保持を規定していますから、兵役の義務はありません。
 税負担は公平ということが大原則ですが、所得税の累進課税制は高所得者にとって税負担が重過ぎると思いますか。せっかく知恵を絞り、努力して高収入を得ても、その多くを税金に持っていかれるのはたまらないという高所得者がいますね。もっと努力が報われる社会にすべきだという言い方をします。それは税負担の意味を理解していないのです。あるいは低所得者の辛さがわかってないのかもしれません。
 低所得者は収入のかつかつで暮らしています。足らなくてお金を借りようとしても銀行は貸してくれませんから、サラ金に借りると高い利子がついてますます苦しくなりますね。税金に回す税負担能力が少ないのです。それに対して高所得者はたとえ所得の大部分を所得税に支払っても、まだまだ大金が手元に残り、豊かな暮らしができますし、使い切れなくて、投資に回すこともできるわけです。税負担の公平とは負担の能力に比例して負担すべきだということなのです。ですから累進課税制度は大いに活用すべきだということですね。
 

                       社会権

                                            食パンにバター塗るのはぜいたくかせめて塗りたやマーガリン

  社会権には生存権、教育を受ける権利、勤労の権利、労働基本権などから構成されています。

 人間として生まれた以上、だれでも人として人格を尊重され、社会に適応して生きていく権利をもっているのです。ところが近代の資本主義体制のもとでの大工業社会では、政治、経済、社会の規模が大きく、変動も激しいので、個人の努力だけでは適応しきれなくなり、病気や失業や戦争や災害などで窮乏化せざるを得ない人たくさん生み出されます。それを放置していますと深刻な社会不安となりますので、国家の力で社会保障制度を充実されることになったのです。そして国家権力から個人の自由や人権を守るという発想だけではだめで、国家権力の力で個人を病気や窮乏や災害などの不安から守ってもらうことができる自由や権利が認められるようになりました。これを「国家からの自由」に対して「国家による自由」と呼びます。
 

第二十五条【生存権、国の生存権保障義務】 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 『ワイマール憲法』では「人間たるに値する生活を保障する」という表現でしたが、『日本国憲法』では「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」という表現でとても分かりやすくなっていますね。きちんと栄養が取れる食事ができ、その時代にあった文化的な生活を営むことができるということです。もしやむをえない事情で、窮乏化したときには政府が最低限度の生活を生活保護などで保障するということです。失業が長引いたり、病気ではたらけなかったり、育児や介護が大変なため仕事に就けなかったりして窮乏した場合は、
民生委員や福祉事務所に相談の上、生活保護法で最低限度の生活扶助の給付金を受け取ることができます。ただし親や兄弟・姉妹などの援助が受けられない場合に限ります。標準親子3人世帯で月額16万円から12万円程度支給されます。

   生活保護に対する訴訟で最も有名なのが「人間裁判」と呼ばれた「朝日訴訟」です。

[1957年8月12日提訴、東京地裁1960年10月19日判決、東京高裁1963年11月4日判決、最高裁1967年5月24日判決]
 朝日訴訟とは、重度の結核で岡山県津山市の療養所に長期入院中であった朝日茂さんが、音信不通であった兄からの仕送りについて福祉事務所が「月1500円のうち900円は医療費自己負担に、残り600円で生活するように」との保護変更決定をし、これにつき、当時の生活保護法による保護基準はあまりにも低劣であって、健康で文化的な生活を営む権利=生存権を侵害する、として訴えた裁判です。

月六百円で、肌着二年に一着、パンツ一年に一枚、ちり紙一月に一束というものでした。

 これにたいして朝日さんは、厚生大臣を相手に、日用品費が不足であり、患者が生命と健康を守るために必要なバターや卵、果物などの補食費も認めないのは、すべての国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を有し、「社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進」にたいする国の責務をうたった憲法二五条と生活保護法に違反すると訴えました。

 この訴訟は、「人間にとって生きる権利とは何か」を真正面から問いかける意味で「人間裁判」と呼ばれ、国民的な訴訟支援運動が巻き起こり、また東京地裁も当時の生活保護基準を違憲とする、裁判史上画期的な判決を下しました。

 なお東京高裁は逆転で朝日さん敗訴を言い渡し、さらに最高裁に訴訟は持ち上がりましたが、無念にも朝日さんは上告後死去し、最高裁は朝日さんの死亡をもって訴訟の終結を宣言しました。最高裁判所は、憲法第25条の規定は具体的な権利を国民に直接保障したものではなくて、国の政策目標を述べたものに過ぎないので、国には法的義務はないとしました。この解釈を「プログラム規定説」といいます。

結果として、裁判上では終局的に勝訴を勝ち取ることはできなかったわけですが、しかし東京地裁判決後に保護基準が大幅に引き上げられ、また国民の間に社会保障を権利として捉える意識が定着するなど、まさに生活保護史上のみならず社会保障史上にも今なお燦然と輝く大裁判であったといえます。これを『社会保障訴訟の第一の流れ』とすることができます。
 

第二十六条【教育を受ける権利、教育の義務、義務教育の無償】1すべて国民は、法律(教育基本法第三条第二項)の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
すべて国民は、法律(教育基本法第四条)の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

 教育を受けることで、社会人として生活するのに必要な基礎的な知識と社会常識や道徳的判断力が身につき、職業人としてやっていけるようになります。ですから教育を受けられないと、なかなか仕事にも就けないので、生存権を確保できないのです。経済上の理由で教育を受けられないようなことでは、貧乏なために能力を伸ばせないということですから、それでは金持ちの子しかいい教育が受けられないことになってしまいます。その結果階級が固定してしまいますね。これでは国民全体の能力を伸ばせないので、社会が衰退してしまいます。

   そこで「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」を全国民に課しているのです。そして義務教育は無償にしています。しかし高校・大学で格差がついてしまうのですから、高等教育も経済上の理由で差別がないようにすべきだということで、「国際人権規約」では高等教育も漸進的に無償化するように規定していますが、日本政府はその規定は保留しています。その代わり、奨学金制度を充実させています。

 現在「教育基本法」の改正が問題になっています。愛国心を涵養を教育目的に入れようとすることで、戦前の愛国心教育が侵略戦争に国民を動員する大きな役割を果たしたので、教育現場での反発が強いのです。これは『日本国憲法』の改正で自衛軍が海外派兵される形になることを想定して、愛国心教育が必要ということも政府の意図にはあるかもしれません。
 しかしそれだけでなく、政府の意図としては、学力低下や学級崩壊などの教育の荒廃が進んでおり、これが日本の経済力の低下ともつながっていると見て、教育再建の必要も感じているわけです。「教育基本法」問題は愛国心教育の是非だけでなく、どうすれば日本の学校教育の水準を回復できるのかという問題でもあるわけで、反対する側もその点での対案が必要です。

第二十七条【労働の権利・義務、労働条件の基準、児童酷使の禁止】1すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律(労働基準法)でこれを定める。
児童は、これを酷使してはならない。

   相当の資産家でもない限り、働かないで収入を得て生計を立てるのは困難です。だから生きていくためには勤労の権利を実現させなければなりません。また社会のごく一部の人が働くだけでは、社会の全体的な富をうみだすことはできません。だから勤労は権利であると共に義務でもあるのです。ちなみに2000年の分配国民所得のうち雇用者所得は72.9%、財産所得は4.5%、企業所得は22.6%です。ほとんどの人が勤労によって所得を得ていることが分かります。財産所得は利子や地代・家賃、投資益による収入です。働かないでもそういう財産による収入で得る所得を、他人の労働に寄生しているので、悪い意味で「不労所得」ということがあります。
 ところで働くという場合、農家や個人商店などの個人業主以外の人は雇われて働く雇用者ですね。一般に労働者といわれます。給料をもらっているという意味ではサラリーマンです。雇い主つまり使用者に雇われて働いているわけです。その際に、どういう条件で働くのか働く前からはっきりしていないと、トラブルの原因になります。そこで労働基準法が定められ、勤労条件についての最低限度の基準が定められています。それより悪い条件で働かせると労働基準法違反ですから取締りの対象になります。違反がないかどうか監督しているのが労働基準監督署です。
 児童も普通教育に支障のない範囲で働くことができますが、心身の健全な発育を阻害するよう酷使をしてはならないということです。もともと労働基準法というのは工場法と言われましたが、19世紀になってイギリスで児童・婦人の酷使を取り締まる法律としてできたものです。つまり成人男子は自分の意思で雇用主と交渉によって雇用条件を決めるのだから、法律は干渉すべきではないけれど、児童・婦人は家庭の事情で無理に過酷な労働条件で働かされる場合が多いので、まず児童・婦人の深夜労働や長時間労働を禁止したのです。成年男子も実は雇われている雇用者は立場が弱くて、酷い労働条件でしたが、児童・婦人がまず労働時間を制限されますと、成人男子だけでは作業できないので、結果的に成年男子も保護されるということだったのです。
 もちろん15歳以上60歳までは、働くべき年齢ですね、勤労の義務を負っているのです。でも諸君は教育を受けているので、保護者が諸君の勤労の義務の分まで一時的に肩代わりして働いてくれているわけですから、その分勉学に精を出す義務が当然あるのです。

第二十八条【労働者の団結権・団体交渉権その他団体行動権】勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

労働三権ー団結権、団体交渉権、争議権


2004
(平16)年 労働組合数 62,805 労働組合員数 10,309,000 組織率 19.2%
1970
(昭45)    労働組合数 60,954 労働組合員数 11,604,770  組織率  35.4%

 

公務員の労働基本権(△は対等の交渉権なし)―ILO(国際労働機構)より公務員の労働基本権を認めるように勧告されている。

  団結権 団体交渉権 争議権
警察・消防・自衛隊など   ×     ×    ×
一般職の公務員   ○     △    ×
現業公務員   ○     ○    ×
 

憲法判例:猿払事件2006.09.16 Saturday 最大判:昭49・11・6

憲法第三章  第11条、 21条 公務員の基本的人権、表現の自由

事件の概要  海道の猿払村の郵政事務官である被告人は衆議院選挙の際、候補者の選挙用ポスターを掲示・配布した為、国家公務員法第102条第1項の政治的行為の禁止に違反したとして起訴された。第一審・第二審ともに無罪だったので、検察側が上告した。

争点  @公務員の政治活動の禁止は合憲か。 A違反行為に刑罰を科すことは合憲か。

判決  破棄自判・有罪判決

裁判要旨  公務員の政治的中立性を損なうおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところである。
 禁止が表現の自由に対する合理的で必要やむをえない制限であると解され、かつ、刑罰を違憲とする特別の事情のない限り、立法機関の裁量により決定されたところのものは、尊重されなければならない。

結論  @公務員の政治活動の禁止は合憲。 A違反行為に刑罰を科すことも合憲。

 

                                                           新しい人権

             

 本来なら平等権のお話に入るところですが、進度の調整があり、新しい人権に触れて、政治体制の話に入らないと困ります。

  自然法思想に基づきますと、基本的人権は超歴史的なものですから、新しいも古いもありませんが、それぞれの時代によって重視された人権はあります。17世紀には自己保存権や信教の自由が重視されました。18世紀の啓蒙の時代には思想・信条などの精神の自由や圧制や重税に反発して、言論表現の自由や財産権なども重視されたのです。19世紀は産業革命が発展して労働者階級が急増し、地位の向上を求めて参政権獲得運動が盛り上がりました。20世紀に入り戦争が国家総動員で行なわれるに伴い、普通選挙制が先進諸国で採用されるようになります。
日本でも1925年に25歳以上の男子に選挙権が認められたのです。もっともこれは治安維持法とセットでしたね。

 20世紀の人権として社会権がはじめて認められたのがも1919年の「ワイマール憲法」ですね。 新しい人権というのは20世紀後半になってから注目されるようになった人権です。とくに産業の高度な発達、官僚機構の高度な発達に伴い、深刻に意識されるようになったものです。

 憲法第13条に関連が深いものが多いのです。
第十三条【個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重】 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

判例で確立したもの プライバシーの権利 肖像権
判例では確立していないもの 知る権利 環境権 日照権 眺望権 嫌煙権 アクセス権 平和的生存権など

知る権利
外務省公電漏洩事件  
判例:最判昭53・5・31


事件の概要
毎日新聞社に勤務する外務省担当記者Aは、外務省審議官付の女性秘書Bとホテルで肉体関係をもった後、「取材に困っているから、沖縄関係の秘密文書を見せてほしい」と懇願し、沖縄返還交渉関係の秘密書類を持ち出すことを依頼し、これを入手した。記者Aは、この書類を社会党の衆議院議員に提供。昭和47年3月27日の衆議院予算委員会で、前年の6月17日に調印された沖縄返還協定には、米軍用地の復旧補償費を日本政府が肩代わりする密約があった、と政府を追及した。

 政府は、情報の出所経路をつきとめ、同年4月4日、女性秘書Bは国家公務員法の守秘義務(100条1項)違反容疑で、また記者Aは秘密漏示そそのかし罪(111条)の違反容疑で、それぞれ逮捕、起訴された。

争点
@ 取材の自由は憲法上保障されているか。
A 新聞記者等による国家機密の取材を秘密漏示そそのかし罪として処罰することが、取材の自由を侵害し違憲であるか。
B 秘密の意義 

判決  上告棄却

裁判要旨   報道機関が取材の目的で公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからと言って、そのことだけで、直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解するのは相当でなく、報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきであるが、社会観念上是認することのできない態様のものである場合には、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる。
(取材が「真に報道の目的」であって「手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものであるとして社会観念上是認される限りは、正当な業務行為というべきである。)

結論  外務省の秘密電文の漏洩を、新聞記者が同省の事務官をそそのかしたのは、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性に帯びる。(賄賂等の手段を用いた場合には、違法性が阻却されるとはいえない。)

 この裁判を通して国民の知る権利についての関心が高まりました。

環境権ー「健康で快適な環境の回復・保全を求める権利」と定義されるが、具体的には日照権、静穏権、眺望権などをさす。
人格権ー人格権とは、人の生命、身体、健康、精神、自由、氏名、名誉、肖像、信用、貞操、プライバシーなど、各人の本質に関わる利益の総体である。これらは私法上の権利として民法710条で認められている。もし人格権が侵害された場合は、不法行為として損害賠償責任が生じる。たとえば、人を故意に傷つけた場合、傷害の罪(刑法第204条)に問われると同時に、民法710条の規定によって損害賠償義務が生じるといった具合である。

大阪空港公害訴訟。大阪空港に離着陸する飛行機の騒音に苦しむ住民が、人格権と環境権を根拠に国を相手に午後9時以降翌朝7時までの夜間飛行の差し止めと、損害賠償を求めた訴訟である。
1981年、最高裁は過去の損害賠償を認めたものの、環境権そのものについては認めなかった。環境権はなお形成過程の人権である。

アクセス権
  1. マスメディアに対して個人が意見発表の場を提供することを求める権利。
  2. 政府や地方公共団体が持つ情報を公開することを国民が請求することができる権利(情報開示請求権)。
  3. コンピュータのネットワークにおいて、ファイルやシステム等を利用する権限。
  4. 著作物を知覚する権利、あるいは著作物を無断で知覚されない権利

アクセス権が問題になった裁判ーサンケイ新聞意見広告事件

1973年12月2日、サンケイ新聞は自由民主党の意見広告を掲載した。内容は「拝啓 日本共産党殿 はっきりさせてください。」というタイトルで、日本共産党が掲げる「民主連合政府綱領」と「日本共産党綱領」の矛盾について批判をするものであった。
日本共産党はこれを意見を求める挑戦的広告だとして、反論権を求め、「同一スペースの反論文の無料掲載」を求め、サンケイ新聞社に交渉したがサンケイ新聞社側がこれを拒否。東京地裁に仮処分を求めたが、申請却下。そこで「同一スペースの反論文の掲載」を求めて東京地方裁判所に訴訟を起こした。

一審・二審とも原告日本共産党敗訴。原告上告。

最高裁判決ー上告棄却。

「憲法二一条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国又は地方公共団体の統治行動に対して基本的な個人の自由と平等を保障することを目的としたものであつて、私人相互の関係については、たとえ相互の力関係の相違から一方が他方に優越し事実上後者が前者の意思に服従せざるをえないようなときであつても、適用ないし類推適用されるものでないことは、当裁判所の判例とするところであり、その趣旨とするところに徴すると、私人間において、当事者の一方が情報の収集、管理、処理につき強い影響力をもつ日刊新聞紙を全国的に発行・発売する者である場合でも、憲法二一条の規定から直接に、所論のような反論文掲載の請求権が他方の当事者に生ずるものでないことは明らかというべきである。」
憲法 第二十一条集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない

意義ー新聞の自由を幅広く認めた。 名誉毀損の反論権まで閉ざしたわけではない。

平和的生存権ー憲法前文の「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」からくる。
長沼基地訴訟第一審福島判決で認められたが、札幌高裁では認められていない。
く平和的生存権〉についての札幌高裁の判断
1.前文中に定める「平和のうちに生存する権利」も裁判規範として、なんら現実的、個別的内容をもつものとして具体化されているものではない」
2.憲法第九条は、--国家機関に対する行為の一般的禁止命令であり、その保護法益は一般国民に対する公益というほかなく、同条規により特定の国民の特定利益保護が具体的に配慮されているとは解し難い。
3.憲法第三章各条には国民の権利義務につき、とくに平和主義の原則を具体化したと解すべき条規はない。

21世紀の新しい人権(やすいゆたか案)ーグローバル憲法に明記するべき権利。
1.全世界に情報を発信し、全世界から情報を受信する権利。
2.世界のどこにでも住み、働くことができる権利。
3.世界のどこにいても安全が保障され、かつ精神の自由、人身の自由、経済の自由を保障される権利。